「野生的に、自由に」 ゆい

8月5日

○まきちゃんのお誕生日
 仕事で直接お祝いできなかったけれど、黒板に似顔絵を描かせてもらいました。まきちゃんのキリッとした眉と、優しい瞳、あたたかみのある魅力的な唇を強調し、美しいお姉さんのまきちゃんを表現できたらいいなと思いながら描きました。
 そして、その綺麗なお姉さんのイラストの隣には、みんなが鹿やイノシシ、あかりちゃん、ナイフなどを描き込み、そのちぐはぐ感が最高に面白くて、まきちゃん、喜んでくれたらいいなと思いました。
 動物の話をするときのまきちゃん、海に行って楽しむまきちゃん。アクティブで、働き者で、色っぽいまきちゃんが大好きです。また、海にも行きたい、色々一緒にしたいです。

 

○野菜のこと
 今日は午前中、台所作業だったので、ひなのちゃんがチームの細々作業をしてくれました。モロヘイヤの水やりとスイカの見回り、葉ネギとニラの収穫です。ひなのちゃんが、モロヘイヤについて、分かったことを教えてくれました。
 一枚だけ、黒星病がきていたそうで、それは摘み取ったということです。そして、その原因は長雨によるものだということ。つまり、これは、乳酸菌で予防できるものです! カビなら任せて、という感じです。ひなのちゃんが早期発見してくれて有り難かったし、チーム体制はすごく心強いなぁと、すごく嬉しくなりました。昨日と今日で、ペットボトルに7本乳酸菌を仕込みました。毎日暑いので、湯せんしなくても仕上がりそうです。

 太ネギ、今度はモグラっぽい穴です。「おーい、来なくていいって」と言いたくなります。モグラ除けカラカラ風車を設置して対策です。

 リビングにパプリカが飾ってあり、みんながいっていたように本当に美しかったです。あゆちゃんが、赤いパプリカの色を見て、そういう口紅があったら欲しいと話していて、見ると、私も欲しい、と思う魅力的な深みのある赤でした。口紅のカラーの名前で、「パプリカレッド」、よいのでは。
 お父さんが、ピーマンもさきちゃんの人格だ、好きだという気持ちが溢れていると話されていて、美しい野菜を作れることが、本当に素敵だと思いました。
 まよちゃんが、「ねえ、ピーマン、パプリカ、見た? びっくりするほど綺麗だった。元気が出るような野菜ってすごいね」と言っていて、(ああ、野菜作りはアートなのだな)と思いました。どう作りたいか。どういう思いでいるのか。どれだけ好きな気持ち、愛情をずっとずっと持ち続けることができるか。自分はどういう誠実さや、チャレンジする気持ちをもっているのか。何を伝えたいかすら、人に伝えることができる。野菜を通して、人を感動させることもできる。野菜作りは、表現なのだと思うと、それだけで胸の中がかき立てられてくる感じがしました。

 

○昨日のお父さんのお話
 昨日のことですが、書いておきたかったので、書かせてください。
 お父さんが、時々、江戸時代の町人文化が栄えたとき、日本人は幸せな人が多かったという話をしてくださいます。
 身分制度があり、みんな、自分の身分を超えて頑張らなくてはと思うことはなかったのです。自分の職の中で、腕を磨いていく。お金はなくても技術をいかに高めるかを競い、生き甲斐があった。そういう生き方で、いくらでも幸せを感じることができた時代です。
 しかし、今は、青天井で、どんな子も良い教育を受けさせれば高学歴という出世競争が当然のようです。いつかご褒美があるからといって、今を我慢して、頑張り続けます。
 私自身、そういうレールに真っ正面から乗って競争してきました。
 なのはなに来たばかりのころ、そういう競争をしなくていいから、と言われても、焦るばかりで自分が駄目になっていくような気すらしていました。それくらい、世間の縛りに毒されていました。

 そういう競争をしなくていいということになり、では、低いレベルで満足していくのか。それも違います。今は、新しい基準がないからこそ、みんなが迷い、親が迷い、どっちを向いて満足していいか分からない状況なのだとお父さんが話されました。
 迷いながら、親の方を向いてみたり、夫婦で「私の方が上なんだから」と競争してみたり。
 そういうなかで、この間の海は、お父さんお母さんから、海の楽しさを教えてもらいました。こういう幸せの形があるということを、1つ、自分の中に入れることができました。いつか、どこか、大きな幸せを掴むまで駄目。頑張り続ける、我慢し続ける。そうじゃなくて、毎日、毎日、幸せは積み重ねて行くものなのだというお父さんのお話が嬉しかったです。

 今すぐに、幸せになることはできる。私は、それを受け入れたくなくて、抵抗する気持ちがありました。今、幸せになんてなってはいけない。妥協してはいけない。そんな気持ちがありました。縛られていました。
 最近、なのはなの生活について思うのは、なのはなで、1つひとつ、縛りから解放されて、こうでなければいけないということから離れて、自分への拘りから解放されていき、私は、野生的に、自由になっていけるのだということです。
 
 お父さんが、スイカ割りだって、1人でやっていたら全然面白くないでしょうとおっしゃって、私はものすごく納得してしまいました。
 スイカは美味しいし、スイカ割りも楽しいけれど、1人だったら、ほんっとに、しょうもないです。私は、みんなにスイカ割りを楽しんでもらったり、美味しい思いをしてほしくて、スイカを、ああでもない、こうでもない、わくわくしたり、しょげたり、いそいそと作っていました。上手く作って、褒められちゃったりして、なんて、思うところも正直ありますが(ごめんなさい)、とにかく、1人でやっても何にも面白くないです。みんながいる大前提で、私は嬉しいと思いました。
 なのはなは、それが、どこにいるより、可能なところなのだと思ったのでした。


 やりたいことはまだまだたくさんあるのですが、今日は早めに休むことにします。ちょっと疲労がたまり気味と気付いたので、対策です。このところ分かったのは、単純に身体がものすごく疲れていると、苛々しやすくなったり、不満な気持ちが出やすくなったりする癖があるということです。自分にサインがあって、それが疲れのせいなのか、自分の悪い考え方のせいなのか分からなかったところがあったのですが、暫く前に、(あれ、ただ疲れてるだけかも)と分かってから、気が楽になりました。もしも子供がいたならば、それを疲れのせいだと思わずに無理していたら、毒になってしまいます。子供がいなくても、同じかと思いますが。