「卒業」 あやこ

7月5日

 お父さん、お母さん、ここまで私を育ててくれて、ありがとうございました。未熟ものですが、私は、ここ、なのはなファミリーからお嫁に参ります。そのことが、私はすごく嬉しいです。
 本当にまだ私は未熟で、もっとなのはなで心を作らなくちゃいけない状態だと思います。でも、それでも、お父さんとお母さんが卒業という道を選んでくださったから、あとは、私はそれを信じて、自分自身で、成長していくしかないと思います。お父さんとお母さんは、それが出来ると信じてくれたから、卒業だと言ってくれたのだと思います。
 本当は、深谷くんの存在があるから、私はなのはなファミリーを卒業し、自立していけるのだと思います。お父さんとお母さんも、彼の存在があるから卒業できると言ってくれたこともわかっています。私もそう思います。私は、彼のことを愛して、子供ができたら子供を愛して、彼を子供を幸せにするために生きていこうと思います。自分のためでは生きません。

 私は、今生きています。普通にご飯を食べています。普通に畑に出ています。普通に台所作業もします。お米も研ぎます。外を走ります。重いものだって持てます。集中して本も読めます。ソフトバレーもソコソコですが出来ます。毎日何気なく過ごしていると、それが当たり前になり、普通になり、何も特別なことではないです。でも、私はそれが出来なかったんです。
 私だって生きていけないはずだったのに、私はなのはなファミリーに会い、お父さんとお母さんに出会い、私は生きています。普通に生活していけるまでになって、卒業します。私は、何者かに生かされているような気がしました。お父さんとお母さんが、「私たちには使命がある」ということを教えてくれました。でも、摂食障害になった全ての人に、その使命があるわけではないのだと思いました。回復しないで、死んでしまう人、病気と一生付き合っていく人だってたくさんいるわけです。
 その中で、私は何とか卒業できる形にまで育て直してもらって、これから生きていくことができます。きっと、私は何者かに生かされているのだと思います。誰かのために、誰かのために、って、きっと何かの役に立って生きていかなくてはいけない役割があるのだと思います。だから、私は生きることを許されたような気がしました。
 
 私がこれから利己的に生きていくことは、許されないのだと思います。そうなったら、再び摂食障害という地獄に落ちてしまうような気がします。悪い言い方かもしれないけれども、私には足枷があるのだと思います。
 でも、もう決めたからには生きていくしかないです。なのはなファミリーで回復してきたんだから、もう生きていくしかないです。私には、これから一緒に生きていってくれる人がいます。私には、お父さんとお母さんって思えることが、すごく幸せなことだと思います。

 人生の夏休みにも、けじめが必要だと思います。私の夏休みは最高でした。そしてこれから、その最高の経験を生かして、生きる力にしていきます。

 今日、出て行く前日に、2018年のコンサートのDVDを見させてもらえたことが、幸せだと思いました。自分はどうして摂食障害になったのか、何が苦しかったのか、何が間違っていて、これから自分はどう生きていくのか。それを改めて考えることができました。
 午前中は台所に入りました。なっちゃんが、「これから卒業していくんだから、ここでしっかり覚えていくために、今日は台所にしたんだよ」教えてくれました。なるちゃんも、野菜を炒めるときの基本を、丁寧に教えてくれました。
 今日、コンサートのブルーレイを見たのも、何だか明日卒業していく私のために、見せてくれたような気がします。夜の集合も、少し長くお父さんが話をしてくれたのも、集合が最後になる私のために、お父さんが長く話をしてくれたような気がします。
 何だか、全てが私のためにやってくれたような、ありがたい気持ちでいっぱいです。自意識過剰も甚だしいです。でも今、嬉しい気持ちなのだから、こんな感じでいいのかなと思います。

 私は自他共に認める、まだまだ未熟ものです。でも、お父さんとお母さんを大好きな気持ちだけは、充分に成熟しています。決して未熟ではないです。だから、未熟ながらもなのはなの子として、私はお父さんとお母さんを思って、ちゃんと生きていきます。

 ああもう、書きたいことはいっぱいあるのに、もう時間が無くなってしまいました。
 でももう、今生の別れというなわけじゃないのだから、いいです。また、ここに帰ってきます。
 お父さん、お母さん、お世話になりました。本当にありがとうございました。大好きです!!