「17歳に」 ちさ

7月2日

 おじいちゃんと久しぶりにお会いできて、今日はとてもうれしかったです。変わらないおじいちゃんの声に、あぁ、おじいちゃんの声だなと、本能的に安心したような気持ちになりました。

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 今日で17歳になりました。
 17歳になる日が来るなんて、なのはなに来る前は想像がつきませんでした。
 みんなに大きくしてもらいました。なのはなに出会えたから大きくなれたと思いました。そして生きるべくして17歳になったように思います。

 夜、みんなからまっすぐに、包み込むような笑顔を向けてもらってそれだけでうれしくて、恥ずかしくて、でもうれしくて、本当に幸せなことだと思いました。黒板の絵を見ていると、書いてくれたみんなの温かさがこれ以上なくあふれていました。食事の席では一人ひとりのまなざしが優しくて、温かくて、大切にしてもらっているのを感じました。

 気持ちも性格も凸凹していて、ぶれやすくて、迷惑をかけてばかりなのに、いいところを見てもらって、受け入れてもらい、許してもらっているのだと改めて感じました。本当にありがとうございます。
 あの席に座らせてもらっているとき、正直のところうれしい気持ちだけじゃなくて時間がたつにつれて恥ずかしい気持ちがわいてきました。こんなに良くしてもらっているのに、自分は何をやってきたのか、何を見てきたのだろう、と。
 自分の評価のためのいいこのようなものじゃなくて、ただただみんなのために自分の力を尽くしたい、と思いました。怒られてでも、失敗してでもいいから、もっともっと誰かの役に立てる生き方がしたい、と心底思いました。嫌われてもいいから、みんなに好かれなくってもいいから、それでも、本当に意味のある生き方がしたい、と、すごく思いました。どうしてこのタイミングでこんな気持ちになったかわかりません。なぜだか悔しいような気持ちがありました。剥けるべき皮が何枚も何枚もあるように思いました。自分のためにではなくて、誰かのために剥けなければならないという気持ちが強くしました。
 死んでもおかしくないぐらいまでなって、それでも生かしてもらいました。生きるべき役割があるから生かしてもらえているのだと思います。
 私には大きなことはわからないです。でも、今日みんなにお祝いをしてもらって、節目に立って、自分の気持ちがほやほやとしていたものから変わっていたことに気が付きました。ただ目の前の人にひょろひょろと媚びるような生き方じゃなくて、どう思われてもいいから、神様に誓って恥ずかしくない生き方がしたい、と思いました。すごく悔しいような、もどかしいような気持ちがしました。
 そして、ここから抜ける道は一つしかないことも確かです。利他心だけで、全力で生きることしか答えはないと思いました。究極はここに返ってくるんだなと思いました。

 お父さん、お母さん、おじいちゃん、そして、70人ものお姉ちゃんとお兄ちゃんと、2人の妹と、かけがえのない家族で、私のかけがえのない仲間です。
 本当に大好きで、大切で、そんな人たちに囲まれて、恵まれています。

 本当にいつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします。今日を節目にまた気持ちを入れ替えて、日々成長します。

 まとまっていない日記になってしまいましたが、読んでくださりありがとうございました。