「いつでも向き合って」 あす

7月2日

 桃太郎の本拠地、岡山に住まわせていただいてますが
 今まで数えるほどしか桃を食べたことがありません。
 すももに関してはパリのファーマーズマーケットでプラムを食べたきりです。
 父は鳥取に住んでいたことがあり、知り合いから毎年梨を送ってもらってます。
 こうやって土地の名物の栽培に少しでも携われて光栄です。

 なのはなは不思議な場所だな、と思います。
 入居してずっと合宿に来ている感覚でなかなか終わりません。
 今まで身にまとっていた服やジャンバー、コート、水着、制服、メイクなどをすべて取っ払って、素のすっぴんの人間としての一番の核を丸出しで生活している感覚です。
 自分の核もさらけ出して、みんなもそれぞれの核をさらけ出して、そんな生活は他人と今までしたことありません。

 今まで嫌で目を背けたかったこと、自分の嫌な部分もおもむろに浮かび上がってきます。
 しんどいけど、逃げずに向き合ってもっと自分を変えていきたいです。
 私は入院はしてきてませんが、歳が多い分、苦しんだ年数が人より長いかもしれません。
 その中で、自分なりの「苦しい世の中でも生き抜く『世渡り術』」を身に着けて表面的にはへっちゃらで生きてます! 風を装ってきてしまっていました。
(それが成功しすぎて、周囲から病気の理解が得られず、結局自分が苦しんだ)

 なのはなでは、気持ちを分かってもらえたり気持ちに寄り添ってもらうことがありますが、今まではそういう人が周りにいてくれてなかったので、何より心強いです。

 今日のちさちゃんのお祝いコメントには「なのはなの気持ち」がキーワードで出てきました。
 ちさちゃんのベスト日記を読ませていただくと、お父さんやお母さんの生き様やお話を自分のものにしていっていることが良く分かります。
 話を聞いた瞬間は自分の中に染み込んだ、と思っていてもみんなの日記を読んでみんなの解釈を読んで改めて頭が整理されることが多いです。

 地元の価値観、親の価値観、アメリカの価値観、なのはなの価値観、私はいろんな考えに触れる機会に恵まれています。
 頭で考えていることと、咄嗟に反応して「言葉」として出るものが一致しません。
 食事のときのコメントでも、直前まで頭で考えていてもとっさに口が違うことを言ってしまったりします。
 もっと頭と心と口が仲良くなれたら、連携できたら、人生がきっともっと面白くなるのに、と思います。

 盛男おじいちゃんと夕食をご一緒でき、貴重なお話も聞かせていただけて幸せな時間でした。
 運は自分でコントロールできない領域です。
 しかし、目の前にあるものにいつでも一生懸命に向き合って、その結果として成功なり挫折なりを経験してそれら全てを自分の血と肉にして大きく成長していこうと思っています。