第255回「悲しくならない求め方」

【質問】
 なのはなから仕事に出るようになって、最近、猛烈に寂しくなります。
 仕事が休みの日になのはなで過ごすとすごく元気になるし、なのはなにいるだけで気持ちが復活するんです。
 それはなんでなんだろうか、と深められていないのですが、寂しくなってしまうっていうのはどういうことでしょうか。
 自分が打ち込めるものがあれば、そうならないのかなとも思いますが、外で会っている人たちの中に損得勘定を感じたりするとき、なのはなとは違うな、と違和感があるからでしょうか。お父さんはどう思われますか。

 

【お父さんの答え】
お父さん:
 いつも言っているけど、愛情というのは、理解し理解されること。
 お互いに理解し合うっていうことで、これは男女にも関係なく、年齢にも関係なく、どういう間柄であっても理解し合える関係がいつもあれば、精神的に満たされます。
 その反対に、理解し合えない考え方をお互いにもっていたり、なんか違うなっていう人が周りにいっぱいいると、どんどん寂しくなるよね。
 
 ひょっとしたら、いろいろな職場には、理解されない感覚があったり、駆け引きをする人がいたり、仕事をサボろうとする先輩や同僚がいたりするところもあるでしょう。
 いずれにしても、何か違うな、違うな、と思うような環境で仕事をしていたならば、当然ながら、自分が孤立した感じになってしまいます。孤立した感じは寂しいよね。
 そしてなのはなファミリーに帰ってきて、同じような考えをたくさん共有できる人に囲まれていると、ほっとする。それに尽きると思うんだよね。

 では、どういう心持ちで外に働きに行ったらいいか。
 もしも、なのはなファミリーでの親密な関係を、外の職場でも当たり前のように求めていくとしたら、すぐに、あれれっ、違うな、となってしまいます。
 世の中にはいろいろな人がいて当然なのだから、もしも自分勝手な人に出会ったり、自分本位な考えに出会ったとしても、流されないようにすればいい、というふうな心積もりでいけば、ストレスにもならないし寂しい気持ちにもならないと思います。
 それが、ちょっと違うなと感じる人に出会ったとき、それは違うんじゃないの、と言いたい気持ちになってばかりだったら、とても疲れてしまいます。
 
 おそらくは、今の段階では、まだまだ世の中には理解し合える人は少ないだろうと思います。お母さんも僕も、よく、友達は作らないよって言うけど、実際には仲のいい友人はいます。
 ただ滅多にそういう人はいないからそう言っているだけで、もし気持ちの合う人がいたら、自然に仲良くなれるから、不用意に求めたりはしないということなんです。

 

質問者:
 ああ、私は仲の良い友達とかを、すぐに求めちゃうほうですね。

 

お父さん:
 だから、そういう気持ちをもっていると、なかなか気持ちが合う友達や仲間を見つけられない、と寂しくなってしまうよね。変な話だけど、不用意に仲のいい友達とか、知人とかを求めない心積もりをしたら、きっと楽しく働けると思います。

 

(2020年5月16日 掲載)