第246回「センスよく生きる」

【質問】
 ここ数日、身体的にも、気持ち的にも、結構疲れてしまって、同じ状態を保つことができません。すぐに息切れしたりとかなりがちです。
 そうなると、気持ち的にも余裕がなくなって、これまでなら受け入れられることでも、人や物事に対して憤りを感じてしまったりします。
 それが今の自分のコンディションなんだなっていうのはわかるんですけど、それは、自分のペース配分が上手くないのか、それとも自分のことを理解できていないからなのか、あるいはほかに根本的に原因があるのかどうか、教えてください。

 

【お父さんの答え】
お父さん:
 あのね、やる気があって、とても前向きな人とか、パワーの強い人は、自分のやる気とパワーに見合った責任とか、やるべきこととか、越えなければいけないハードルとかあると、喜んで全快で調子よくできるのです。
 ところが、パワーがある人が、目の前に何もハードルがないとか、登るべき山がないとなると、自分の身体とか能力を持て余してしまうんです。さらに、パワーの少ない人に合わせなきゃいけないとなると、それだけで調子悪くなることがあります。
 人は生きているなかで、人から何か課題を与えられる場合もあれば、与えられない場合もあります。
 たまたま何もない場合は、自分で適切な課題を設けるといいです。それが大きすぎると挫けちゃうから、適切なハードルを適切な時期に自分で設けて行くっていうのが、1つのコツなんじゃないかと思います。
 で、どういう課題を設けて、その課題をどんなふうに乗り越えて成長していくか、というのが、その人のセンスなんだと思う。
 生きて行くにもセンスが良い人と、悪い人がいる気がする。能力の高い人と高くない人とは別に、そういう自分なりの課題をどのタイミングでやるか、やらないかというセンスの良い人と、悪い人がいるんじゃないかなって気がします。

 センスの良い人と悪い人は、自分でも振り返ってみればそれとなくわかるのではないかな。身近な例でいえば、なのはなでのいろんな作業でもわかります。
 最初から決まっているリーダーもいれば、その時々の小人数作業でリーダーになることもあります。4、5人の作業のリーダーになったとき、すぐ適切に作業内容を把握できて、メンバーに指示できるかどうか。みんなの力配分が奇麗にできて、作業を効率良くできる人っていうのが、センスの良い人ですね。
 センスの悪い人は、簡単にできるだろうと思う作業をいつまでもグズグズしていたりする。え、まだやってるの、まだ終わらないのというくらい遅くて、しかも仕上げが悪い。同じ4、5人の作業でもリーダーのもっていきかたでけっこう大きな違いがでるのはみんなも体験していることだと思います。

 あと、母親の役割をこなす時にもセンスの悪い人もいます。端的に言うと、子供に鞭を入れて、勉強させて追い込むとき、追い方がきつすぎとか、追っていく方向を間違うとかして子供を頓挫させてしまうという場合はセンス悪いというべきでしょうね。センスの良い人は、追わないような感じで実は上手に方向づけをしている、という人です。
 牧羊犬をイメージするとわかりやすいかな。
 野原に放していた羊を追って囲いの中にいれる場合、バカな犬と利口な犬じゃ全然、追い方が違う。センスのある犬は上手に群れを囲いに入れる。センスのない犬はせっかく囲いに入ろうとしている羊の群れを散らしてしまいます。犬に例えちゃ悪いけど。
 そういう意味でセンスの良い人になれば良いのかな。しかもそれはどんどん上級になっていく、どんどんセンスは磨かれるものっていう感じがするね。
 人間て、いろんな家庭に生まれてきます。お金持ちの家庭もあれば、貧乏な家庭に生まれる人もいるでしょう。けれども、もの凄く貧乏で条件の悪いとこに育った人でも、能力が高くてセンスの良い人は、びっくりするくらい、自分の人生を上手に切り開いて行ってしまいます。
 センスのない人は、凄く良い条件の家庭に生まれてるのに、どんどん自分の人生を駄目にしていくことがあります。センス良く生きようっていうのを、頭に入れておいて、時々、思い出したら良いんじゃないかな。

 でね、挫折することは良いんですよ。センスの良い人も挫折することはある。で、年齢が行けば行くほど、センスの良い生き方をしたか、しなかったかわかりますね。
 人生ってある意味、残酷で、年齢が高齢になったとき、その時のその人のコンディションがその人の持ってるセンスがどうだったかという答えみたいな感じがします。センスよく生きたかどうかの。ある種の答えかもしれませんね。公平といえば、ものすごく公平なんじゃないかと思います。
 だから、人が生きていくっていうのは、人生を作っていくっていうのは、アートのようなものです。人生そのものがアートで、芸術作品のような、難しさと楽しさと、それから、独創性があるかないかも含めて表現されていくと思います。
 自分が何か、パワーを持て余しているとき、自分に上手な課題を与えて、やる気の出る課題で自分を育てる、自分に鞭を入れる、常に目標に向かって走り続けられるようにする、というふうに考えてはどうでしょうか。

 

(ベレヌスハウスミーティングより)

 

(2020年4月12日掲載)