特集-ウィンターコンサート2019

「ジャンと私」 けいたろう

 

ジャン・ケイタはお父さんの創造した脚本で生まれた私と同じ年くらいの男で、ウィンターコンサートの演劇に登場する人物だ。同じく登場人物の明石小次郎氏とコンビのように動き、気が合う部分もあるようだ。特になぞなぞが好きで唐突に問題を出したりもする。彼と出会うまで私は一体どのように過ごして生きていたのか。

ウィンターコンサートへの道は長く険しく体力が必要だと聞いた。そのため午前の時間を使って柔軟体操や筋トレ、ウォーキング練習などを毎日行なった。コンサートに耐えうる体力を付けるためにはもってこいだし、心も作られていくのだろうと思った。
ほどなくして楽器練習も始まった。『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』。ある小さな夜の音楽。私は電子ドラムでティンパニーを叩くことになった。原曲を何度も聴いて頭にたたき込んだ。鼻歌でも楽々とメロディーが出てくるまで空き時間を使って聞き込んだ。クラシック音楽は最初の出だしは分かるけれども、途中はよく知らない。そんなありがちな問題を抱えていて、曲の流れを覚えられるだろうかという不安はあったものの、毎日聴くことで自然と覚えていった。それに加えて、コンサートの曲目が増えていく中で私はパーカッション、特に電子ドラムで参加する曲がいくつか追加されて、リズムキープが特に重要になってくるんだろうな、という緊張感があった。

そして音楽合宿なるものが開始された。3日連続で一日を通して楽器練習をメインとする活動である。柔軟体操などももちろんあり、発声練習も導入され、腹から声を出し早口言葉に苦戦した。このころから、明確な目的意識をもった練習というものを念頭に置きながら日々を過ごしていくこととなる。お父さんが教えてくださった、練習のための練習をしない、ということを常に考えながら体力作りや楽器の練習を行なった。合宿の初めには3人組でOMTを行なうことでお互いの目標や今思っていることへの相互理解を深め、同時に自身のコンサートへの高揚感を高めていくことができたと思う。このコンサートは決して一人の力で成しえるものではない、仲間を思い遣る気持ちや支え合う心も大切な要素である。そう認識させてくれる時間であった。

お父さんが脚本を完成させた時、私はジャンと出会った。その時の私は自分の役の台詞がどれだけあるのかということで頭がいっぱいになっていた。11月も中旬で寒さも増している中だった。早速、演劇練習が始まる。レオナルド役のなおとさんや、明石役のなおさん、キョウコ役のやよいさん、アカリ役のれいこさん、みんな演劇係のメンバーばかりの中で私は怖じ気づいてしまっている部分もあった。このような強豪揃いに混ざり私がメイン級の役を演じることは並大抵の気持ちでは駄目だ。やるからにはやりきるのだ。と自分に何度も言った。
お父さんの演技指導は熱く、厳しく、根拠があった。これにはこの言い回し、この動きしかないというのがあり、あるべき姿へ近付けていくだけだということがよく分かった。1シーンごとに細かく演技を観て頂いた。舞台でのルールも数多く学んだ。自分が喋らないときの身体の向きやプラス、マイナス発言時の目線の向き、舞台の上手下手(かみてしもて)の意味など、何度も教えてくださった。時には台詞が少ないシーンであっても10回以上やり直しをしたり演技の手直しをしていただいたこともあった。台詞を覚えたらいい。それが許されるのは子供の学芸会までだと痛感した。むしろ台詞がない、少ない場面でこそ演じる人間の真価が問われるのであり、意思の有無がはっきりと分かれる瞬間でもあるのだと感じた。シーンごとの立ち稽古がだいたい出来上がると、前半、後半を通しての練習が始まり、曲との繋がりや細かな演技を見てもらうことになり、通しが終わるごとに多くの課題や問題点が提起された。脚本にすべてメモをして改善に努めた。

初めは台詞の暗記と大まかな動きの把握に終始していた私であったが、演技を繰り返す中で、ジャンと私が重なる一瞬を感じた時があった。それは衝撃的だったかもしれない。「これが成りきる、ということなのか……?」雷撃が身体を貫いた。気が付いたら台詞が自動的に出てくる。というよりもジャンが喋っているのである。ジャンが、私の身体を使って自分の言いたいことを言っているかのようだ。
ジャンは地味な男だ。そしていきなりなぞなぞを出したりする変わった男でもある。明石小次郎に希望を見出し共にダヴィンチ・クライシスの謎に挑もうとする。しかし、彼も胸の内には抱えるものがあった。自分の生きるべき場所はどこなのか、なにを目的に生きたら良いのか。日本の美術品のなかに心の安らぎを感じたと語るキョウコとのシーンは好きな場面の一つでもある。さっきまでのキョウコと絵の鑑賞をしている彼とは違う一面を見せる。明石にしても、おもしろ鑑定家おじさんという一面だけではなく、父親だったという面もあり大きな失敗をしている。アカリにしてもそうで、強気でボーイッシュなキャラクターの裏には……といった具合に、各々の登場人物にはバックグラウンドがありそれが劇中で表現されることで物語にも深みが出るし、その人物が生きているんだという実感にも繋がっていると思う。

 

 

私は照明係も担当していた。コンサートを彩る大きな要素である。一足先にホール入りをして竹内さんやかにさんから指示を受けて灯体をバトンに掛けたりした。照明の種類にも驚いたし、普段では入らないであろう部屋にも入ることが出来た。照明の、明かりの力がいかに絶大なものであるかを理解した。1つの場面をとっても明かりの出し方や色、ピンスポットの工夫次第ではイメージが大きく変わっていくものなのだな、と確かめることもできた。また、調光卓の操作はかなり難易度が高そうだった。

ホール入りをして舞台背景を組み立ててからは怒濤の日々であった。舞台背景がこれほどまでに手間と時間を要し、大勢の人の手によって成り立っているとは想像できなかった。鉄パイプを組み、足場を組み、背景を設置していく様は美しかった。秀吉の一夜城かと思う程のスピードであった。
本番まで通し練習ができるのは4回。照明も交えた練習は厳しかった。体育館よりも舞台は広いのでダンスや楽器、役者の出捌けの見直しや、演劇の立ち位置の変更があり対応を急いだ。ピンマイクのオンオフも忘れてしまうこともあった。ジャンは焦っていたことと思う。こんな広いところで、お客さんを前にして舞台を右往左往するのかい、そんな声が聞こえてきそうだった。私はジャンを励ました。共に歩んでいいステージにしましょうよ、と。あなたこそですよ、ジャンがそう言ったような気がした。

コンサート当日、私は緊張感と楽しむぞという気持ちを50:50に保ちながらホールに入った。もうここまできたらやるしかない、やりきるしかない。この緊張感をも味方につけて臨むんだ。そんな前向きな心であった。緞帳の向こうではお客さんの声が聞こえる。ジャンと私がシンクロして、ありのままの姿、演技をみんなに見せられるように祈った。幕が上がり、1曲目のバッドロマンスが始まる。「おお!」という声が聞こえてきた。なぜかその反応を聞いて、見て、安心した。ここに座っているみなさんは本当になのはなファミリーが大好きなのだなと感じたからだと思う。ジャンの初台詞の「センチュリーアートはこちらですね」という流れも全く違和感なく、スッとジャンが意図せずとも言葉を自由に話すように口から出てきた。明石先生との息もピッタリあっているように感じた。そこからは、自然体でジャンが語り、先生とのコンビプレーを見せていただろうと思う。しかし、後半のダヴィンチの3つの機械をジャーニーの演奏と共にジェスチャーで表現するシーンでジャンのおっちょこちょいな一面が出てしまった。大竹さん作製の水晶器を凹面鏡に取り付け損なって落としてしまったのである。あれだけ着脱を練習したのに、と思いつつも気持ちをカチッと切り替えてラストまで迎えることができたと思う。あのとき落ち込まなかったのは大きかったのではないだろうかと振り返る。ジャンならそういうアクシデントに見舞われることもあり得る、と思い直すことができたのは良かった。

 

 

みんなの演劇、ダンス、演奏、照明、大道具、小道具、喫茶、お客さんこれらの歯車が最高の形でかみ合って回転したからこそ、今回のウィンターコンサートは成功したのだと思う。また、この温暖化と人間のモラルを誰にでも納得できるように繋げたお父さんの脚本、お母さんのアイデアも驚くばかりである。きっとこの二つを関連づけた人物は居ないだろう。モラルの崩壊が急速に進む今日、もう一度この世の中を見直し、よりよい社会を構築するためにも一人一人の意識というものがどれだけ大切になってくるか、この劇を通じて強く感じた。ジャンが、明石先生が、3人の精霊が、レオナルド・ダ・ヴィンチがそれを教えてくれた。やたらと競争や勝敗を煽る価値観にNOを突き出して前向きで優しい社会をつくる一人となりたい。

このウィンターコンサートへの長い道のりは多くのことを学ぶとても良い経験となった。計画性を持って物事に向かうこと、常に本番を意識した行動をとること、仲間との連携、挑戦することの楽しさ。人間としての豊かさとは何かを感じ取ることができたと思う。また自身の一日通して何を学んだのかをメモとして書き留めて確実に毎日前進しているかを把握することで自分の位置を知れたのも大きな収穫だった。そして、ジャン・ケイタという青年と出会って、一つとなる感覚を味わえたことがとてもうれしい。彼は明石先生と出会うことで人生の目的が決定的になった。彼の生きるべき場所、それは明石先生や精霊たちが向かう先だ。彼はこれから地球環境を守るというあまりにも大きな使命を背負って生きていく。だが彼には信頼でき、支え合う仲間がいる。もう迷うことはないのだろうと思うと同時に、彼らの本当の旅はここから始まるのだろうと思うと応援せずにはいられない。そして私の人生もこれからなのだ。ジャンたちは私の心の中で生き続け、挑み続ける。今頃は明石先生たちと世界中の空を飛び回っていることだろう。私も静止することなく、不屈の精神とポジティブな思考で生きていく。NEVER GIVE UP(決して諦めない)の合い言葉とともに駆け抜けた日を忘れはしない。
最後に竹内さん、永禮さん、白井さん、大竹さん、大野さん、正田さん、田中さんをはじめとする多くの支援をしてくださった皆さま、ありがとうございました。

 


●感想文集 目次●

「私が生きる意味」 れいこ
「ジャンと私」 けいたろう
「一筋の光へ駆ける」 やよい
「自分の果たすべき役割」 みほ
「私たちの生きる道」 さやね
「埋もれることが美しい」 りな
「世界が動き出すまで~明石小二郎の人生を生きて~」 なお


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