そうだ、お父さんにきいてみよう!

第215回「秋が寂しい」

【質問】
 私は秋が苦手です。
 秋の涼しくなった空気を感じたり、秋の空気の匂いをかぐと、わけもなく寂しくなります。寂しさが募って、自分で自分をコントロールすることができなくなってしまいます。
 なんで、秋はこんなに寂しくなるのでしょうか。
 寂しい秋にも安定感を持って過ごすには、どうしたらいいでしょうか。

 自分の答え
 秋は植物が枯れて生き物がいなくなっていく季節だから、そのにおいを感じて寂しくなる。
 安定感を持って過ごす方法はわかりませんでした。

 
 

【お父さんの答え】
お父さん:
 あのね、卒業生の中にはフィンランドで結婚して住んでいる人もいます。
 その卒業生から聞いたのですが、フィンランドでは、冬の間は、人口の実に7割が鬱になるそうです。
 夏になるとその鬱が取れる。

 

お母さん:
 シアトルもそうだよね。

 

あゆ:
 シアトルは、雨が多い。

 

お父さん:
 シアトルでも、雨が降って日が短くなるとみんな鬱々とする。
 秋は生き物が死んで、植物が枯れて、鬱になるんじゃないんですね。日が短くなると鬱になるんですよね。
 日が短くなると寂しくなる。
 ということは、秋に寂しくならない方法はね、明るいところにいるということ。
 前にも言ったっけ。東京電力で原子力発電所をコントロールする人は、24時間、いつも見張っているわけです。故障があったらすぐ対応する。24時間、夜も明け方も、みんな居眠りしちゃったら困るでしょ。居眠りしないためにコーヒーをみんなで一杯飲む……それはしないんです。どうやって眠気を来させなくするか。天井を蛍光灯だらけにするんです。ものすごく明るくするんですね。ものすごく明るくすると、眠さが来ないんです。眠くならない。寂しくならない。

 だから寝不足のときに一番行っちゃいけない場所というのは、映画館ですね。寝不足で映画館に行くと瞼がとろんとしてきて、僕は必ず寝ますね。一時期、映画を見に行っても最後まで見られたことがなかった。物書きの仕事をしているときはそうでした。
 やっぱり眠くなるというのも、寂しくなるというのも、暗くなる、日が短くなるというのが原因で、場合によっては国民的に鬱になるくらいですから、日が短くなってくるというのは誰でも、止めようがなく寂しくなるということなんじゃないかなと思うんですよ。
 自分で自分をコントロールできなくなるというのはちょっと困りますけれどね。

 ブラジルに行った日系人の話では、ブラジルで一番、残念なのは、四季がないということだそうです。春夏秋冬がね。
 秋があったり冬があったりして、春の楽しさや夏の楽しさがわかるんです。
 寂しいのが嫌だったら、ブラジルに移住するのがいいかもしれない。でもブラジルに行ったら、四季を楽しめないという点ではつまらないと思います。 
 寂しさを楽しむ、と思ったらいいです。誰でも、気持ちは上がったり下がったりします。誰も気持ちは一定していたいと思う、でも現実には誰でも上がったり下がったりがあるんです。それなら、気持ちが下がったときには下がった状態を楽しむというかね、そういうことがいいんじゃないかな。

 みんな、今度のウィンターコンサートでいろんな歌を歌いますけど、楽しい嬉しいばかりの歌じゃないですね。やっぱり谷があって山があって、谷があって山があってという、歌詞にしても曲にしてもそうでしょ?
 寂しさをあまりマイナスに捉えないで、それは一つの彩りで、いっそ寂しい人を気取ってみるとか、シンデレラをたまには、秋には気取ってみる……それはだめだ、お母さんが、「シンデレラにはなるな」と言っているから。誰だろうね。そういうなにか不遇な人を気取ってみる。いいんじゃないでしょうかね。
 意外と、寂しいのは嫌だと思っていると辛いですけど、それを嫌だと思わないということが大事ですよね。
 さっき稲刈りが終ってコンバインの足下のカバーを開いたら、何か生き物が落ちた。カエルかな、カエルにしては動きが可愛いな……と思ったらカヤネズミなんですよ。ネズミもライフサイクルは短い。イカだって、寿命は1年です。
 僕が思うに、みんな、70、80、90、100とか、長生きしたとしてもいつか死ぬでしょう。100歳まで生きて亡くなった人に、「まだ死なないで」って言うかどうか。悲しいけれど、100歳まで生きたらまあいいね、と見送る気持ちになるでしょう。
 だから、ネズミはネズミで、イカはイカで1年の寿命を全うして死んでいくので、あまり悲しく、寂しく、思う必要はないんじゃないか。自分だって結局、同じです。あまり寂しく思わない。寂しく思うくらいだったら、前を向いて日々を充実させていく、ただそれしかないんじゃないかという気がしますね。
 どうでしょう、お母さん。

 

お母さん:
 昔、若いときは、失恋したり寂しくなったら、とことん、寂しい歌を聞いてね、そこまで、歌と一緒にグー……って落ちてね、もう這い上がるしかないというところまで。寂しいからにぎやかな元気の出る曲を聞きましょう、なんていうのはいけないよと言われたことがある。

 

 お父さん:
 そうだね。寂しいときには、寂しさを味わう。

 

お母さん:
 でも、本当に、ブラジルに行ったときに――タクシーの運転手だったかな?
 日本へ帰りたくて、日本の「四季」がいいって言ってたわ、本当に。春夏秋冬が恋しくて、恋しくてたまらないと言っていた。

 

お父さん:
 世界の中で、四季がある国というのは他にもあると思うんだけど、日本くらい四季を感じる国はあまりないんじゃないか。日本くらい、四季に対して思い入れを持っている国民もあまりないんじゃないかな。四季がはっきり変わっているんじゃないかな。
 セミが鳴いたりするでしょう。日本人は左脳で聞いて、外国人は右脳で聞く。秋を情緒として言葉として捉えている。虫をすぐに擬人化して、鳴き声にも言葉を感じてしまう。季節を擬人化しちゃう。擬人化すると、それはそれで秋も楽しめるんじゃないかなというふうに思いますね。

 

お母さん:
 鈴虫が綺麗に鳴くんだよ。夜になったらね。
 お父さん、きれいだね……しゃん、しゃんって言うね、と言いながら寝たら、すうっと寝られる。ね。

 

お父さん:
 そういうことでね、四季を楽しむ気持ちになったら、コントロールできないということはないんじゃないか。
 あとコントロールできないというのはなにか底知れない不安があるというときですよね。安心してしまうということ。安心してしまうというのは、自分の帰れる場所を作る、絶対的に信じる人を作る、信じる場所を作る。安心するといろんな辛さを、乗り越える楽しさを味わうことができるようになります。
 
 
 

(2019年9月17日掲載)