第8回『朝顔』

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遠い、遠い、夏の日の思い出、
幼かった私が昼寝から醒めると、
家の中は静まり返っていた。
おかあさん!
2度、3度、呼びかけても、
その声は虚しく蝉しぐれに消されるばかり。

心細さのあまり、破裂しそうになったとき、
私を小さく呼ぶ声がした。
「大丈夫よ。私がいるから……、大丈夫……」
ふと顔を上げると、
窓越しに、優しい色たちがいくつも――
繊細なパステルカラーのグラデーション、
嫋(たお)やかで、けれども凛とした姿勢、
生きた妖精が、私のすぐそばにいた。
――朝顔だった。

それからまた知らない間に
幾重にも暦は移りゆき、
あの日の朝顔を忘れた夏をすごしてきた。

嵐のような人生がひと段落したこの夏、
幼い日に出会った妖精に再会すると、
まだあのときの若さと繊細さを湛えたまま、
すぐ目の前に、のびやかな世界を私に見せてくれるのだった。
1人ぼっちになったとき、心に留まる花、
あさがお。

 

(2019年8月14日 第8回)