山小屋便り

【6月号】「遂に穫れた!! ―― 鹿の止めさしと、解体 ――」 あんな

鹿が獲れました。

場所は、岩見田の盛男さんの山の竹林。お父さんと仕掛けたくくり罠に、鹿がかかったのでした。山小屋キャンプのウオークラリーの準備に来ていた、やよいちゃん、るりこちゃんが、発見しました。4月26日のことです。

私は、その日、地域の桃部会の会合に参加していたのですが、お父さんから連絡を受け、驚きやら、嬉しさで、ソワソワしてしまいました。

その日の昼、お父さんの

「鹿の解体を見たい人」

という問いかけに対し、大多数の人が手を挙げました。みんなが、この日を待っていたのだと思いました。

あゆちゃんは、「神様からのプレゼントみたい」と言っていました。それというのも、鹿が獲れたのは、山小屋キャンプの前日だったためです。

「キャンプ中に予定されているバーベキューで猪や鹿の肉を食べたい」

そういう希望と、期待があり、それを1つの目標に、罠の設置に力を入れていたところでもありました。

これまで、心の準備は積み重ねてきました。寝付けない夜には、布団の中で、たびたびシュミレーション。お父さんは、1年前の時点で、

「まだ1回も捌いたことないけど、既にベテランの域に達した」

と教えてくれた、力強い言葉を、私はしっかりと覚えていました。遂に、この時が来たのだと思いました。

鹿の捕獲には、お父さん、なおとさん、けいたろうさん、しょうたさん、のりよちゃん、私、という顔ぶれで行きました。男性率が高く、どこか心強かったです。

■覚悟の上で

鹿がいるのは、山小屋がある山の奥のほうにある竹林なので、軽トラが乗り入れられる地点から、少し距離があります。山奥から鹿を運び出すためのソリを、須原さんが竹で手早く作ってくださいました。滑りやすいように、竹の前方が巧みに曲げられた、素晴らしい出来栄えのソリでした。

軽トラに、ソリと、電気止めさし機のほか、ロープ、ガムテープ、放血ナイフといった、捕獲に必要なものを乗せて、現場に向かいました。

山に入る手前のところで、捕獲の役割分担や、打ち合わせをしました。お父さんが、

「前足を縛るのを、なおと、いけ」

など決めてくれるのを聞きながら、私は俄に、

(これで、よかったんだろうか……)

という思いが、一瞬、頭をよぎりました。殺生ということを目の前にしたとき、何か不遜なことをしてしまうような、何かに問いかけたくなるような、気持ちになったのでした。

鹿や猪は、有害鳥獣に指定されていて、増えすぎていることが問題になっています。そして駆除が奨励されています。理屈ではそうなのですが、どことなく、躊躇うような思いが湧きました。

しかし、もう引き返せないところに立ってしまっている、と気を持ち直しました。それに、その覚悟の上にしてきたんじゃないのかと自分に対して言いたかったです。

複雑な顔をしてしまっていたのか、お父さんに、「いいか?」と言われて、ハッと我に返りました。

(住んでいる市町村の猟友会に所属していますが、岩見田で作っている畑や、盛男さんの山の筍が荒らされて困るため、美作市に有害駆除の申請し、許可をもらって、猟をさせてもらっています)

緊張しながら、一行は、鹿のもとへ向かいました。

竹林には、お父さんと、幾つか罠を仕掛けていました。鹿がかかっていたのは、お母さんが、「ここがいいと思うよ。獣の通り道がハッキリあるから」と言ってくれた、山の斜面の中腹に、集中して3つ仕掛けた罠のうちの、1つでした。

雌の鹿でした。鹿としては中くらいの大きさかな、と思いました。

左前脚がワイヤーに括られて、逃げようとしては、つっかえて、というのを繰り返して、鳴きました。

道筋など、瞬時に作戦を考えてから、お父さんは、電気止めさし機を持ち先頭に立ちました。私は、止めさし機に接続しているバッテリーとインバータを持ち、後ろから従いました。私は止めさし機のスイッチ係です。そして、お父さんの指示で、なおとさんが、反対側から、1・5メートルほどの木の棒を持って接近し、鹿を追い立てました。追い立てられた鹿が、ちょうど良い位置に来たとき、瞬時に、お父さんが止めさし機を鹿に突き刺しました。

お父さんに言われて、私は急いで、スイッチをオンにしました。止めさし機は、すぐに通電しなくなり、何度かスイッチを入れ直しました。

鹿は、通電を数回、繰り返すと、動かなくなりました。

止めさし機を突き刺すときのお父さんの、ピンポイントの見極め方や、勇ましさが、かっこよかったです。

そして、打ち合わせ通り、なおとさんがロープで前脚を縛り、けいたろうさんが後ろ脚を縛り、しょうたさんと私は、鹿の口と目をガムテープでぐるぐる巻きにしました。

鹿の頭を持ったとき、鹿の体温の高さや、毛の感触から、〝生き物を獲っている〟という感じが強くしました。

■解体ショーの始まり

私は、途中まで、鹿が再び暴れ出しはしないかと、ヒヤヒヤしていたのですが、鹿はおとなしく、そして、あっけなかったです。

鹿を、力を合わせて竹のソリに乗せました。斜面を下りました。枯れ葉の上で、ソリの滑り心地は良く、そのまま、なおとさんと、けいたろうさんがソリを引っ張って、軽トラまで運んでくれました。

初めての捕獲は、思ったよりもスムーズに運び、よかったです。のりよちゃんは、この一部始終の間、ビデオを回してくれていました。

あんなちゃんは、狩猟免許を取得しています

軽トラに、鹿を乗せて、古吉野へ急ぎました。

古吉野に到着し、予定どおり、用意していた高圧洗浄機と束子を使い、鹿をザっと洗い、鹿についているダニや汚れを落としました。

ちょうど、午後の作業が終わる時刻にさしかかり、畑から戻ってきたみんなが、続々と集まってきました。

洗い流し、水気をザっと拭いた鹿を、捌き台の上に乗せ、いよいよ、お父さんの解体ショーが始まりました。

会場は、古吉野の玄関です。

(注:捌き台というのは、前年に、お父さんが設計し、須原さんが制作した、獣を捌くために都合のよい形状をした、専用の台です。)

順序よく、手際よく捌くお父さんの、手の鮮やかさや、スピード感が、とても綺麗でした。

「獣を捌く」と一言で言っても、その質には、大きく差が出ます。

獣の身体について、仕組みや、肉や骨の付き方を、深く理解して、理にかなった包丁の入れ方をしなければ、上手に捌けません。そして、いくら知っていたとしても、手先の器用さ、繊細さや、優しさがなければ、美しく上手に捌けません。上手に捌けないと、獣臭くて、食べられないような肉になってしまうことも、多くあると聞きます。

「医者でも何でもないけど、手術をしなければならないなら、お父さんにしてもらいたい」

お母さんは、時々、そう話してくれます。

お母さんが、水道に繋げたホースを持って、必要なときに、地面の血などを洗い流してくれていました。

お父さんは、罠を仕掛けることに関しても、捌くことに関しても、たいへんに研究を重ねられていて、私も、及ばずながら、よい手元がしたいと思いました。

筋引き、骨透き丸、皮ハギ、皮ハギ和製、放血ナイフ、アメリカインディアンのナイフ。

用意している包丁は六種類で、その中から、捌く部位によって、使いわけます。鋸や、結束バンドなども、重要な道具の1つです。

■驚きの美味

みんなが見守る中、解体は、迅速に進み、1時間ちょっとで終わりました。とても速いです。止めさしから2時間以内に捌いた肉は、とても美味しいと言われています。

「疲れた……」

お父さんは、捌き終えたとき、そう言いました。

その夜、お父さん、お母さん、ゆりかちゃんと、大きく6つほどの塊になった鹿肉から、骨を外したり、筋膜を取ったり、バーベキュー用の焼肉サイズに切ったりなど、食べられる状態にしていきました。その作業は、家庭科室で行われ、21時から0時までかかりました。

「本当に、身体っていうのは、精巧にできてるな」

鹿の健の、筋が集中しているところを手にしながら、お父さんが言いました。

(本当に、こんなに精巧なもの、神様が作った芸術作品の1つだ。神様が作った作品を、私たちは、いただくんだな)

私は、そう思いました。

山小屋キャンプの2日目の夜、バーベキューをしました。そのとき、お父さんが捌いてくれた鹿肉を、お父さん、お母さん、盛男さんや、みんなと、いただきました。

生の鹿肉は、赤黒い色をしていて、弾力がありました。それを、網の上に乗せて、焼いて、焼肉のタレをつけて、口に入れました。

(何これ!こんなに美味しい肉、生まれて初めて食べた!)

驚きの味でした。弾力があるけど、とても柔らかく、旨みとコクが濃いのを感じました。

誰もが、「美味しい!」と言いながら食べていました。

鹿肉を何度も召し上がったことのある盛男さんも、

「こんなに美味しい鹿肉は、食べたことがないです」

とおっしゃいました。