山小屋便り

「新年を迎えて ――元旦の朝は、今年の抱負とお屠蘇 そして元朝参りへ――」 ますみ

新しい1年の朝を迎えました。

1月1日の朝、なのはなの食堂でお屠蘇をお父さん、お母さんからいただき、1人ひとりが、新年の抱負を言いました。
豊富は歳の順にみんなで席に座り、年長者からお父さんお母さんの前で伝えていくのですが、私はなのはなで一番年長者なので、一番最初でした。
緊張して、「あけましておめでとうございます」と言い忘れてしまいましたが、抱負を口に出すと新年から新しい自分になった気がしました。
ちなみに私の抱負は、「苦手なことを楽しめるようになる」というものだったのですが、これは現在かなり達成できているような気がします。

1月1日の始まりは、一人ひとりが新年の抱負を発表し、お屠蘇をいただきました。

■新しい年を迎えて

みんなの抱負を聞いていたのですが、「自分を捨てて人に尽くします」という人が多く、志の高さに驚きました。そして、それがなのはなの基本精神なのだなと感じました。
私は自分を捨ててまで人に尽くせるだろうかと思ったのですが、そこまでいかなくても自分もいずれみんなのために動ける人間になりたいと思い始めました。
私はなのはなに来てから、生活に合わせていくことでいっぱいいっぱいで、今までそういうことを考えたことはありませんでした。
でも、新しい年を迎えてから、自分のなかで何かが変わった気がします。

そのあとに、お父さん、お母さんと、なのはなのみんなで諏訪神社に元朝参りに出かけました。 外は気持ちよく晴れていて、山にはうっすらお化粧をしたみたいに雪がかかっていて、とても奇麗でした。

諏訪神社まで、歩いて元朝参りへ向かいます。

■幸せを感じて 

畑には黒豆の株が逆さの状態で地面に干してあって、それがこびとのおうちみたいでかわそれがかわいいねと言いながら歩いていました。こうやってみんなとお話しをしながら列をなして歩いていて、なんだか幸せな気分になりました。

神社につくと、5円玉をいただき、それでみんなで手を合わせてお参りをしました。
私はお参りの仕方がわからなかったので、みんなの真似をひたすらしていました。
願いごとは、「幸せになれますように」という漠然としたものだったと思います。
今の私だったら、もっと具体的なことを願うだろうなと思いました。(ちなみに今私は幸せです)

神社には、至るところに神様が祭られていて、たくさんの箇所で手を合わせました。
なかにはただ石がおいてあるだけのようなところもあって、ここにも神様がおられるんだと思うと楽しい気分になりました。
お参りが終わると、みんなで石段の上で写真を撮りましたが、それが家族写真みたいで嬉しかったです。

帰り道では、みんなで馬跳びをしたり伝言ゲームをしたりしました。
みんなは「馬跳びなんて小学生以来だ」「楽しかった」と口々に言っていて、その様子がほほえましかったです。
伝言ゲームは2列に並んで、左右チームに分かれて、最初と最後で伝えることの正確さを競いました。
帰りみちも、みんなと今年の紅白はどうだったとか、たわいもない話をしながら歩いていて、それが幸せでした。
こういうほのぼのした日常が続くことは素敵だなと思いました。