特集-ウィンターコンサート2017

「アイ・サレンダー~この道に捧ぐ~」後半 なお

→前半からの続きです。

〈光太郎とえりこは、1回目の上がりを達成したローマへと向かいます〉

■発見! ローマ帝国

脚本のための調べ物をしていて、お父さんと一緒に、「やったー!」と喜びの声をあげた瞬間があります。いま思い出しても、嬉しくなります。それは、ローマ帝国の少子化問題についてです。

お父さんは、これまでの世界史上で栄えたいくつもの文明や、国が、どうして滅んでいくのか、それは少子化が原因だったのではないか、ということを話してくれました。そして、ローマ帝国もそうであるかもしれない、それが見つけられたらローマのことを書ける、と言いました。

そのことを私は調べました。たしか、脚本をそろそろ書き上げなくてはいけないという期限が迫っていた頃だったと思います。その資料を見つけても、1日経ってしまったら遅すぎると思いました。その話は夜にあって、私はお父さんたちが帰る前に絶対に見つけ出したいと思いました。

ネットで検索すると、お父さんが思ったとおり、ローマ帝国が少子化に悩まされていたということが出てきました。
具体的に、『独身税』や『3人子持ち法』などの政策もあったことに、驚きました。少子化への流れも、いまの日本と同じでした。文章を読みながら、私はドキドキしました。お父さんにこれを渡せたら、きっと脚本に明るい光が差すはずだと思いました。お父さんとお母さんが、部屋を出て鍵をかける音が聞こえました。私は、玄関に走りました。

「お父さん、ローマ帝国のこと、ありました。ローマ帝国も、少子化になっていました」
「本当か? やったー、やっぱり! よしよし」
お父さんは、こぶしを握って、なにかをつかんだというように喜びました。私も、やった! と一緒に喜びました。物語の大きな要素となる、ローマ帝国の資料の発見です。

ネットや本の情報の海の中にあって、使える良い資料や良い情報というのは、なかなか見つけられるものではありません。でも、こういう瞬間があるから、諦めずに、調べ、求め続けていけるのだと思います。

■11回目の脚本

第1稿ができあがったのは、11月13日でした。私のパソコンの脚本データには、お父さんが新しく書き直したり、加筆が修正が加わる度に渡してくれたデータがあります。そのデータは、11月13日にはじまり、12月5日の後半最終脚本までで、11個あります。日付を見ると、11月13日、19日、23日、25日、28日、29日、12月1日、4日、5日、とあります。この11回の更新以外にも書き換えた部分はたくさんあったと思います。

12月5日の後半最終脚本のデータが届いたときのことは覚えています。21時12分、あゆちゃんの元に、データが送信されてきました。
あゆちゃんは、すぐにプリントアウトしてくれました。のりよちゃんが、「あゆちゃんからもらいました」と言って、手渡してくれました。体育館での夜の演劇練習が終わったときでした。

「すごい。お父さん、お母さん、すごいね」
どうしても、後半が面白くならない、盛り上がりがないといって、何度も手を入れていました。私は、たとえ脚本の完成が1週間前でも、3日前でも、お父さんが仕上げた脚本なら、みんなと絶対に劇として仕上げるから、これでいけると思えるものが下りてくるまで、待てると思っていました。

届いたときは、本当に嬉しかったです。5日の夜に届いたとき、それを育てて、形にするのはステージに立つ私たちの役割だと思いました。

こうして書いては直し、書いては加え、ということを重ねてきたなかに、お父さんとお母さんのなかにどれだけの戦い(どんなに厳しい状況でも、面白いもの、感動を呼ぶものを書くんだという意志、書けると信じる気持ちを持ち続けるための戦い)があったのだろうと思います。お父さんが、ものを書くことは、たった一人で深い海に潜るようなものだと話してくれたことが、浮かびます。

お父さんは、格好つけたり、体裁よくしようとはしません。自分のすべてをさらけ出して、心の内を見せて、書きます。お父さんは、嘘をつきません。書くと言ったら書くし、作ると言ったら作ります。

お父さんとお母さんが立つ場所に、私も立たなくてはいけません。そこにある覚悟と責任を、私は担わなければいけません。なのはなは、お父さんお母さんの2人だけで引っぱっていくものではないからです。

お父さんとお母さんが良い脚本を作り上げることをあゆちゃんのように、お父さんとお母さんとともに戦っていけるように、甘えや逃げ道を作らずに、自分の責任を最後まで全うしていきます。

■のりよちゃんの存在

演劇係を一緒にさせてもらったのりよちゃんに、私はたくさん支えてもらいました。脚本作りでは、調べたことを共有して、そこからイメージをふくらませていきます。

のりよちゃんは、私の進めるペースや、方針に、いつも沿って隣にいてくれました。2人で脚本について考える夜の時間がとても充実していました。ともすると、案出しや調べ物というのは、時間つぶしになってしまいがちです。のりよちゃんと一緒だと、思いついたことを次々に喋っているだけに見えながら、しっかりと積み上げて行くことができました。

私が準備や練習で手が回らないとき、のりよちゃんはそれを察してなにもいわず進めてくれました。どんなときも、変わらず信じて一緒にいてくれるのを感じました。

劇の練習が本格的に始まってからは、お仕事組さんの役(教師と恵比寿天)をすべてのりよちゃんが代役で入ってくれました。通し練習のときに台詞を代わりに読むというのではなく、七福神のみんなとの練習に加わり、一緒にアイディアを出したり、できる限り本当の役に近い立ち位置を動きをして、いつでも伝えられるようにしてくれました。

代役としてきちんと良い演技をしよう、という思いが伝わってきました。恵比寿天役のみおちゃんに、変更点や、台詞が変わった部分などを、その都度伝えてくれました。

のりよちゃんは、影となり日向となり、全体がよくなっていくようにとみんなのために動いていました。のりよちゃんががいなければ、七福神のシーンは、できあがらなかったと思います。

『自分にこだわらず、コンサートを作る素材のひとつになる』
これは演劇の役者オーディションのときに掲げた目標です。自分の役だけでなく、代役としての役割を全力で全うするのりよちゃんは、まさに素材のひとつになって、自分を使っているのだと感じました。

小道具作りでは、プランを間違ってしまい、失敗もありました。ひとつひとつの小道具に求められる質の高さを正しく認識すること、締め切りをきっちりもうけること、製作の途中段階でも小まめに確認に行くこと、誰が作るかという人選、そこをもっとシビアにしていくべきでした。のりよちゃんと2人でそう話しました。

でも、最後にはまみちゃんと大竹さんが力を貸してくれて、素晴らしい鯛や福禄寿の頭ができあがったり、須原さんの作ってくれた槍や宝棒が舞台に映えて、嬉しかったです。

失敗も、あるべき質の高い小道具ができあがった嬉しさも、のりよちゃんと2人で味わいました。このことを、次に生かしていきたいと思います。

■磨き上げていくために

11月の下旬から、劇の練習がはじまりました。
はじめは、練習をうまくすすめていくことができずに、焦りや不安にかられました。実際に11月末での通しでは「演劇にはがっかりした」とお父さんとお母さんが言わざるをえないような状態でした。自分自身がどう演じるか、そして演劇係として、劇全体をどうひっぱっていくか、お父さんの脚本を生かすも殺すもそこにかかっているのだと思いました。

「全員が本気で向かわなければ、成功はない」
お父さんとお母さんの言葉を聞いて、周りの人のどうこうするという以前に、自分の気持ちの向け方が甘かったのだと思いました。まずは、自分が本当に全力を注ぐこと。そして、その思いが集まったとき、この物語ははじめて輝くのだと思いました。

練習のことをあゆちゃんに相談したときに教えてもらったことが、頭に思い浮かびました。

「誰1人として、要らない人はいないんだよ。効率よくとか、ちゃんとできる人だけとか、それだったらなのはなでやる意味はない。慣れている人もいない人もいるけれど、欠けていい人なんていない。自分をぶらさずに、進めて良いと思うよ。そうでないと、なおちゃんのやり方を信じてついてきている人が、迷ってしまうよ」

1人、2人上手い人がいて、その人だけで成立するのではありません。私たちが、プロにも負けない、プロ以上の表現ができるのは、自分の人生をかけて表現するという覚悟と、伝えたいという強い思い、求める気持ちだと思います。それは他のどの劇団にもできないことです。

自分が感じてきた痛みや苦しさ、答えを求める気持ち、ちゃんと生きたいという気持ちが底にあるから、技術的なところを超えて、一体となってステージで表現できるのです。

私は、演劇係としてみんなをうまく引っぱれているかどうかにこだわるのをやめようと思いました。自分がいま正しいと思う姿勢を最後まで通して、精一杯向かうだけです。

そして、いまのメンバーで、1人ひとりが自分の役に正面から向き合ったのならば、良い劇にならないはずがないと思いました。なによりも、私が光太郎という役にもっと真摯に向き合うことが、一番必要だと思いました。

お父さんとお母さんがすべてを出し尽くして限界で書いた脚本を光らせるのは、同じくらいの覚悟で演じることです。私は、みんなとこの脚本を磨いていきたいと思いました。

■やよいちゃんとももちゃん

私の光太郎の役は、やよいちゃんのえりこさんと、ももちゃんのエビ天さんがいたから、演じられたと感じています。何も守らず、まっすぐに自分の役と向き合い、100%で表現するやよいちゃんとももちゃんに、自分の演技への向かい方を気付かせてもらいました。

脚本を書くとき、やよいちゃんをイメージしてえりこを書き、ももちゃんをイメージしてエビ天を書いたとお父さんとお母さんが話してくれました。2人は、配役が決まって脚本を手にしたときから、自分のこととして、その役に向き合っていました。

私は、えりこさんの向こうにいつもやよいちゃんを見ていました。エビ天の向こうに、ももちゃんを見ていました。

えりこさんの、本当のことを知りたいと求める気持ち、間違ったことには怒れる勇気、くっきりと鮮やか感情表現、それはやよいちゃんそのものでした。

エビ天の深い悲しみ、孤独、自分の存在を肯定できない苦しさ、そこから大切なものに気付いていく変化、ももちゃんは、そのエビ天の役を本当に大切に思って演じていました。

私は、光太郎の役をはじめはうまくつかめずにいました。エビ天のようにはっきりと自分を重ねられる強いキャラクターがありませんでした。

でも、脚本を読み込み、台詞をなんどもしゃべり、みんなと演じるなかで、光太郎の姿が浮かび上がってきました。

光太郎は、どこか楽観的で、人を信じる気持ちが強い人だと思いました。えりこやエビ天と同じように生きることに絶望していたけれど、それでも心の底で人を信じ、人を好きになる力を持ち続けている光太郎だから、七福神に未来を託されたのだと思いました。
えりこと光太郎は、お母さんとお父さんだと思いました。それと同時に、お父さんのように生きていく私が、光太郎だと思いました。

光太郎の存在が、自分のなかではっきりとしてくると、どう演じるかも変わっていきました。前半の『ファイト・ソング』の前の台詞も、心の底からのまっすぐな気持ちで、エビ天さんとえりこさんと一緒に日本を守ろうと言えるようになりました。

冒頭の未来人から卵を預かるとき、困ったという気持ちよりも、処分されてしまうということを聞いてとにかく助けたいという気持ちを強く持って卵を受け取るようになりました。光太郎だったら、きっとそうするだろうと自然に思えました。

練習のたびに、やよいちゃんとももちゃんの演技が深まり、役と自身がぴったりと重なって進化していくのを感じました。

私は、えりこさんをどんどんと好きになっていきました。エビ天さんの言葉の奥にある哀しさを感じると、どの台詞でも涙が出そうになりました。えりこさんのふさわしい光太郎になりたいと思いました。

「あなたと出会って、自分の苦しさの理由がわかった」
そうえりこさんが思うような、光太郎でありたいと思いました。なんだか、いつか出会うべき人のために、自分を精一杯磨いていきたいと思う気持ちに似ています。その人に恥ずかしくない自分へと変わっていきたい気持ちです。

そんな風に、自分の役を大切に思い、そしてその役に見合った自分になっていきたいと思えたのも、2人の存在があったからです。2人がいたから、光太郎を深めることができました。演じると言うことは、自分の中で完結できるものではないのだと思いました。

私は、この劇の中で特に大事にしたシーンがあります。それは、ノーベル平和賞とその後のシーンです。ここが、光太郎の転機だと思いました。

ノーベル平和賞のシーンは、いつも泣きそうになります。世界の先進国の少子化を救った光太郎の姿は、ハートピー、そしてなのはなファミリーを立ち上げて道を切り開いてきたお父さんの姿が重なりました。

摂食障害からの回復の道で、誰も出せていなかった答えを出した、お父さんとお母さん。華やかな記者会見の向こうに、そこに至るまでの厳しい道があるのを感じました。

自分自身の痛みととことん向き合い味わいつくした末にたどり着いた答えであり、前例のないことをやるときに当たる壁、そこに伴う大きな責任があります。なんの保証もないけれど、きっと自分を求める人がいる、待っている人がいる、その思いで、未知の世界へと漕ぎ出すのです。

これからお父さんとお母さんのように、新しい道を切り開いていく、という気持ちをこのノーベル平和賞のシーンの演技に込めました。

お父さんとお母さんがいたから、私は命を救われました。エビ天の台詞にあるように、自分を受け止めて、大切に思ってくれたお父さんお母さん、私になのはなのなおという名前を与えてくれたお父さんお母さん。

いまの私は、自分が道を作っていく側です。まだまだ未熟だけれど、それでも、なにかを受け取る側ではなく、自分が与えていく側、誰かのために道を作る側になっていきます。

そして、その未来の自分を信じて、光太郎はえりこさんに一緒に力を合わせて新しい世の中を作ろうと言います。楽観的に、迷いを捨てて進むのは、勇気が要ります。

光太郎は、自分の痛みに逃げて自分を守ることなく、振り返らず、良い未来を作ると強く信じて前だけを見てすすもうと決意します。私は、光太郎が心を決めたように、勇気を持って前に進みたいと思いました。

■そして、本番

12月17日、コンサート当日。開演前のお弁当の時間には、控え室は90人近い人がいました。一緒にコンサートを作る、仲間です。音響の水元さん、照明の永禮さん、白井さん、毎年来てくださるカメラマンの中嶌英雄さん、まみちゃんと大竹さん、大竹さんの友人の大野さんと正田さん、地域のボランティアの方。東京からハートピーの皆川さんご一家、亜希子さんとかりんちゃん、りひとくんが応援に来てくれました。

そして卒業生もたくさんきていて、仕事場の友達と一緒に帰ってきてくれている人もいました。地域での活動でのつながりや卒業生やお仕事組さんがつくるつながりの広さを感じて、こうして仲間が増えていくことがとても嬉しかったです。

バンド演奏、コーラス、ダンス、舞台背景、照明、衣装。ステージを彩る音や色や光は、これまでみんなと積み上げてきた日々の積み重ねだと思いました。

うまくいったことも、いかなかったことも、泣いたことも笑ったことも、1人ひとりにドラマが有り、この日を迎えました。そして、たくさんのお客さんがいました。待っていてくれた人がいる、そう思えることは、何よりの力になりました。

私の大好きなシーン、2050年の老人。笑いが起きて、その後の台詞に切なくなります。神業を披露すると、会場から拍手が起きました。サイコロの目を読むと、お客さんがえりこや光太郎と一緒になって、驚き、いまのひどい現実にため息をつきます。お客さんを巻き込み、みんなで七福神の世界を体験しているように感じました。

この劇で、私にひとつのミラクルが起きました。それは、光太郎がサイコロを振る場面です。今回の劇では、二十面体のサイコロを使っています。まえちゃんと一緒に作りました。そのサイコロは、壊れないようにとゲネプロと本番でしか使いませんでした。

私は、練習のときからずっと、せっかく二十面体なのだから、本番で20がでたらいいなと思っていました。実際に本番でサイコロを投げる瞬間には、うまく転がるようにということを考えていて、出る目のことは頭にありませんでした。いざ、振ります――。

七福神の前を転がり、止まったサイコロ。私は、その瞬間、役を忘れて、「あっ!」と声を上げてしまいました。その目は、20だったのです。たった一度の本番で、20分の1の確立の20が出ました。私の素の驚きに、お客さんも「おおー」と驚いていました。弁財天役のあんなちゃんが小さな声で早口に、「1、2、3、4、……20」と言ってコマを進める所も面白くて、笑いが起きました。

私は20が出たとき、演劇の神様かいた、と思いました。これまで七福神のみんなと練習してきた時間があり、そこでみんなであるべき七福神になろうと作ってきました。本番で出た20の目は、神様からのご褒美のようでした。

みおちゃん演じる恵比寿さんは、楽天的で、情が厚くて、頭が良くて、優しい神様です。演じるみおちゃんの、包むような笑顔が本当に魅力的でした。7人で一体となっている七福神は、人間的で表情豊かなところから、一瞬にして、生身の人間から離れて神様になる表情や、シンクロした動きがとても面白いです。

この七福神にたどりつくまで、七福神会議をしたり、1人ひとりが個人練習を地道に続けたり、アイディアを出し合ったりと、たくさんの時間と込めた気持ちがありました。個性的でありながら、ひとつになっているのは、その練習の時間があったからだと思います。恵比寿さん以外の七福神はほとんど台詞がないなかでの演技で、とても難しかったと思います。この七福神の独特の存在感があったから、この物語に変化がつき、面白くなったと思います。

曲が終わる度に、大きな拍手が起きました。主人公と一緒に七福神の世界を体験し、過去と未来を旅するような空気がありました。大切な台詞は、しんと静まるなかお客さんにまっすぐ届いていきました。

開演前にお母さんが魔法をかけるよ、と言いました。
「自分から離れて、仲間のためにステージに立とう」

私は、ステージに立つみんなや、照明を照らしてくれているみんな、そしてお客さん、その全員が仲間なのだと思いました。本当に、魔法がかかったように、表情やダンスを踊る姿や、台詞が、キラキラと輝いていました。練習で積み重ねてきたことを、精一杯表現したら、絶対にうまくいく、気持ちは届くと思いました。

少子化を食い止めるために色々な場所を旅するえりこと光太郎の物語と、エビ天の物語をからめて進んでいきます。

オリジナル曲の『シーズ』と『ルナ』は、エビ天の痛みと、自分の痛みに重なります。あゆちゃんの声は、舞台袖の私の心も動かします。私は、痛みを知っているからこそ、強くなれると思いました。理解してもらったから、1人じゃないとわかったから、私は心を取り戻し、出会いを信じて生きていけます。なのはなのオリジナル曲があったから、この劇のエビ天の物語をより深く伝えることができたと感じます。

「産まれてきて良かった」
エビ天のこの台詞は、なのはなに出会えた私の思いです。
ずっと自分が要らない子だと思ってきました。産まれてきてしまって申し訳ない気持ちで生きてきました。自分は、残念な不良品だと思ってきました。

なのはなで、私は新しく“なお”という名前をつけてもらい、お父さんとお母さんの子供にしてもらいました。お父さんとお母さんは、私の誇りを大切にしてくれました。

産まれてこなければ良かった、どうにでもなれ、とモラルを落としてめちゃくちゃな生き方をする私を怒ってくれました。きちんと生きられる未来を信じてくれました。大切に思える仲間ができました。

いくつになっても、人生は挽回できると知りました。これまで失ったものを取り戻すのではなく、まったく新しい生き方をして、挽回していくのです。

私にはいま、大きな目標があります。
死んでしまいたくなる人が出ない、誰もが幸せを感じ、明るい希望を持つことができる、そんな未来を作るために、生きていきます。自分が歩んできた道、これから歩む道、自分の生き方で表現していきます。

えりこ、光太郎、エビ天の覚悟に気持ちを重ねて、全員でのダンス『アイ・サレンダー』を踊りました。

今のなのはなのメンバーと、コンサートを作り上げることができて幸せでした。脚本から学んだこと、準備や練習で感じたこと、みんなと作り上げてきた時間、そして光太郎として誓った決意を、自分の心に刻みます。そして、自分の生きるべき道に自分のすべてを捧げる、という気持ちで生きていきます。