特集-ウィンターコンサート2017

「アイ・サレンダー~この道に捧ぐ~」前半 なお

〈「神はサイコロを振る」、なおちゃんの口上からコンサートは幕を開けました〉

「生きることが虚しくならないような、死んでしまいたくなる人が出ない。そんな世の中に作りかえていくために、えりこさん、一緒に力を合わせていかないか」

私は、光太郎としてこの決意を固めました。光太郎として未来の自分を楽観的に信じています。そして光太郎として、世の中を変えていく一人になる道に自分の人生を捧げていきます。
コンサートのラストの曲、『アイ・サレンダー』のダンスへ向かうとき、私の心は、厳しい景色を見ていました。この曲のことをお父さんが話してくれたとき、悲壮な覚悟、と言ったことを思い出しました。

過去を手放し、決別して、生きていく決意。安全な場所を手放しても、次に進まなくてはいけない。全てを失ってもいい。何を言われても構わない。目の前にある、最初で最後のチャンスにかける。あなたと、この道を生きていく。

それは、厳しい道だけれど、希望に溢れています。私には、生きるべき道があるのだという希望です。楽な道、なにかに依存して生きる道、誰かに守られて生きる道、権威になびく道、安全な道、そういう方向へ逃げることはもう二度としません。ずっと厳しい道を走り続けていく、という思いをみんなと踊りました。

なのはなファミリーに出会ったことも、これから自立をして社会に出ていくことも、いつでも、それは私にとって最初で最後のチャンスです。これ以外の道では生きられない、というところで選択をしています。自分の台詞に責任を持って、実現していく生き方をしていきます。光太郎を演じることができたことに、感謝しています。

そして、今年のコンサートでは、自分にとって演じるとはどういう意味を持つのか、その原点に帰ることができました。えりこであるやよいちゃん、エビ天であるももちゃん、恵比寿天であるみおちゃん、七福神のひろこちゃん、あやかちゃん、あんなちゃん、えつこちゃん、ゆきなちゃん、ますみちゃんと一緒だったからです。

与えられた役を演じることは、自分の生き方の輪郭をはっきりとさせていくことです。いまの自分という枠をとりはらって、自分を離れて、その役の生き方に染まっていくと、本当のあるべき自分がそこにいます。

光太郎を通して、私は、自分はこういう人間なのだと確かめることができました。役に、教えてもらいました。
私にとって、光太郎は、そういう存在でした。光太郎という男の子と少しずつ仲良くなり、私は光太郎になりました。

そして、光太郎の愛するえりこさんを、私は愛しました。光太郎が大切に思うエビ天を、私は大切に思いました。やよいちゃんとももちゃんと、たくさんの世界を旅して、家族になり、そして世の中を作りかえていく同志として、それぞれの場所で生きることができました。やよいちゃんとももちゃんがいたからこそ、私は自分と向き合って表現することができました。

演じることは、私の回復の大きな柱であり、私を救ってくれたことです。なのはなで演劇に出会い、演じることを続けてこなければ、今の私はいません。今年も、光太郎という役を与えてもらったことに、感謝しています。

■少子化、七福神……脚本作りの日々

私はのりよちゃんと2人で、演劇係をさせてもらいました。9月半ばから、脚本作りの作業をはじめました。今年の物語のテーマは、少子化。それは早い段階から、お父さんとお母さんが話してくれて決まっていました。現実の世界は七福神のゲームで決まっていた、という設定が生まれたのも、9月のことです。私たちは、その2つを手がかりにして、資料集めとアイディア出しを進めました。

お父さんとお母さんが国の発展を、双六ゲームに例えたとき、上がり(幸せ)ってなんだろう、ということを考えました。なのはなの脚本をつくるとき、避けては通れない問いかけです。

先進国は1回目の上がり(経済大国、長寿の国になること)に来た途端、その先に進むべき方向を見失ってしまい、生きにくい国、生きたいと思えない国、子供を生みたいと思えない国になっていく、と思ったとき、1人の人生も、国も、同じだと思いました。自分の人生も、親の思う成功や幸せ(上がり)を目指して生きたところで、行き着いた場所は何のために生きるのかわからない、という虚しさです。

私は1回目の上がりにすらなれず、ゲームからふるい落とされていきました。生まれてこなければ良かった、と思いました。きっと、私のようにゲームから降りた人も、下りずに1回目の上がり(学歴競争や出世競争の勝ち組になった人)のどちらも、その先どこへ向かって、何を幸せとして生きたらいいのか、見失うのです。

1人ひとりが幸せを感じながら生きられる世の中になったのならば、それは国が滅びることはないのだと思いました。

「人の生き方の最終回答を示さなくてはいけない。人が滅びない生き方をしつつ、幸せに生きる。主人公の2人が、新しい哲学の産みの親になるんだ」

脚本について話していたとき、お父さんがこう言いました。私の頭の中に、その言葉が強く焼き付けられました。
私が、新しい哲学の産みの親になるんだ、その自覚を持たなくてはいけないと思ったのです。主人公の姿は、摂食障害から回復して生きていく私たち自身の姿です。

症状に振り回されていたときの苦しさから抜けてしまうと、生活に流されてしまいます。なんとなく、生きられてしまいます。でも、私は本当に死の淵ぎりぎりまでいっていたのです。

なんのために私は生まれたのか? 生きる意味はどこにあるのか? という叫びが、ずっと心の中にあったのです。その痛みや、見たぎりぎりの景色を、私は忘れてはいけないと思いました。私は、そういう苦しさを抱えたからこそ、新しい哲学を生み出す役割があるのだし、そのために生きなければ、また方向を見失ってなにかに依存してしまうと思います。

この脚本を作る中で見つけるべき最終回答に、私自身の人生がかかっていると思いました。お父さんとお母さんは、限界のところまでいって、全身全霊で脚本を書きます。それは、お父さんお母さんの生き方そのものだと思いました。書くと言ったら、絶対に書き上げる。嘘はつかない。それがお父さんです。

そして、お父さんを限界の場所に1人にしないで、お母さんはその隣にいます。お母さんも、お父さんと同じ風景を見て、全身全霊をかけて作り上げていこうと思いました。できることは限られているけれど、心だけは、いつもお父さんお母さんと同じ景色を見ようと思いました。そして、自分の人生がかかっているということを自覚して、脚本作りに向き合っていこうと思いました。

なのはなの、なのはなによる、なのはなのためのコンサート、それがウィンターコンサートだとお父さんとお母さんはよく話してくれます。それはきっと、コンサートをする目的は、私たちが回復し、自立して生きていくための心と身体を育てるということが第一だということだと思います。

もちろん、たくさんの方に見て共感してもらい、私たちが伝えたい気持ちが広がっていくことは、とても大切です。けれど、お客さんがたった1人であっても、伝えたいという気持ちが強く、表現する自分の心が定まったのならば、その先生きていくなかで、その心は多くの人に伝えていけます。私も、脚本をつくり、表現する中で、みんなと次のステップに上がっていこうと思いました。

脚本に関係することについて調べ、資料を集めることはとても面白かったです。過去・現在・未来という時間軸、日本と世界のさまざまな国々という場所の軸、この2つの軸の中で、少子化という問題を大きな柱として調べていきました。

北欧の福祉・再配分のシステム、フランスの子育て、イタリアの企業のありかた、そして日本の経済発展と自殺率、相対的貧困、人口の推移予想、人口減少による未来年表……。

お父さんが、今回のテーマを取り上げるにあたって、どういうことに目を向けているのか、どこに問題があり、どこに解決のヒントがあると考えているか、それを共有させてもらいました。その上で、話に出たことをなるべく広く、深く、調べていこうと思いました。

お父さんのお話を聞いて調べていくと、日本の具体的な現状や、予想される未来の姿を知ると、子供を産みたいと思えない日本というのがどういうことなのか、少しずつ見えてきました。

そうして今を正しく認識してはじめて、それに対する答え(提案)を生み出せるのだと思いました。より良い答えを生み出すときに、土台となるのは知識なのだと思いました。

今までにない新しい世の中の仕組みを作るといっても、ただ抽象的に『優しい世の中』というだけでは、行動に移せません。私が、血縁関係のない人との間に助け合える関係を作って行けたら、子供を産んでも安心なのではないか、と思いました。けれど、劇を作る上では、「じゃあ、どうすればいいんだ?」という問に対する、具体的なプランが必要です。国の仕組み、政策、システム、法律。それがなければ、見せるシーンも生まれません。

今回調べていて興味深かったのは、デンマークのことと、日本の経済成長の推移と自殺率の推移の関係、それから豊かさの飽和状態のなかで希望も幸福もない日本、そしてローマ帝国の少子化についてです。

経済成長と自殺率の推移の関係では、GDPが右肩上がりになっていく線と、自殺率が低下していく線が交わったポイントが、日本人が一番幸せだった時代ではないか、ということをお父さんが話してくれました。つまり、経済的に豊かになっていき、かつ自殺率が低くなっているときです。

私は、さっそくその2つの折れ線をひとつの表に書き込んでみました。自殺率は、戦後様々な社会保障の制度が完備されていく中で下がっていきます。経済成長は、戦後復興期、高度経済成長で一気に上がります。2つの線が交わったのは、高度成長期の1970年代前半です。国民全体で未来に明るい希望を抱けた時代、豊かになれば幸せになれると信じられた時代です。戦争中も自殺率は低かったです。

いまさら1回目の上がり(経済的・物質的な豊かさ)を目指すような目標を持ってもそれは幸せではありません。けれど、高度成長期の日本にあっては、1回目の上がりを夢に持つことで、みんなが頑張れたのだと思いました。

たとえ、いま貧しくても、いま厳しい環境にあっても、いま困難が目の間に合っても、それをどう乗り越えるかという手段と、その乗り越えた先にある明るい未来が見えていたら、人は幸せに生きられます。

その原則は、いまの時代も同じだと思います。未来は良くなっていく(自分たちでよくしていく)という気持ちを持てたら、そういう世の中に自分の子供に生きて欲しいと思えると思います。

私の世代は、まだ親が子供に期待することができました。自分が叶えられなかった夢を、自分の娘に託すことができました。それは間違っていることだけれど、いまよりまだ希望があったのかもしれません。

今は、自分が夢どころではないだけではなく、未来はもっと悪くなると思うから、子供を産んで自分の代わりに頑張って欲しいとすら思えなくなっているのだと感じます。生んで育てる楽しみや幸せよりも、生んで育てる苦労、辛さ、そして子供もきっと自分以上に生きるのが大変になるだろうと思うことばかりです。

私は、自分が生きやすい世の中を作るのではないのだと思いました。いま苦しんでいる人、これから苦しむかも知れない人、その人のために、新しい世の中を作るのです。それが、自分の希望の持ち方になります。
正しい希望の持ち方をしたら、生きる意欲を強く持てます。

楽をすることや、安定や保証を求めるのではなく、作るべき未来を思い描き、そこに向かって喜んで厳しい道を進んでいく、私はグラフを見ながら、自分はそんな風に生きたいと思いました。

いまは、そこまでの強さはありません。でも、そうありたいと願っています。そう生きるために、日々の小さな行動から、変わっていこうと思いました。
お母さんが、お父さんと出会って、走り続ける生き方をしてきたように、私も走り続ける人生を歩みたいです。

少子化問題ともうひとつ、物語の軸となるのが、七福神の存在です。七福神が少子化という難しい問題を観る人の元へすっと届ける潤滑油となり、そして光太郎とえりこを過去や未来へと導きます。七福神のことを色々と調べていくなかで、私はすっかりと七福神のファンになってしまいました。この脚本を作ることにならなければ、七福神についてこんなに考えることはなかったと思います。

恵比寿様の釣り竿は暴利をむさぼらないことを意味していることや、大黒様の袋の中には人にとって大切な精神的な宝物がはいっていること、布袋尊は袋の中に身の周りの持ち物を入れて放浪生活を送っていて、「泣いて暮らすも一生。笑って暮らすも一生。同じ暮らすなら笑って暮らせ」と楽天的な生き方だったことなど、性格や価値観がそれぞれに立っていまいた。

いままでの日本人の幸せの願いではちっともうまくいかない、そのことで七福神は非常に困っているのです。何が悪い升目かはわかるけれど、それじゃあ何が良い升目なのかと聞かれると、「……うーん」となってしまいます。

1人ひとり、(神様だけれど)人間味があって、魅力的な存在だと思いました。
そして、神様なりに人間の願いを叶えるため頑張ってきたんだと思います(偉そうな言い方になってしまうのですが)。劇の台詞にも「私たちも、頑張ってきたんだ」という恵比寿天の台詞があります。幸せになれるように、頑張って良い升目を書いてきたが、時代に合わなくなって、それではちっとも次の幸せには近づかないのです。

えりこと光太郎は、新しい日本の未来を作る人間として、七福神にスカウトされます。私は、「なにかの力が働いて」という言葉や、お父さんとお母さんの、脚本は自分が書いているのではなく、神様の言葉を自分が媒体となって書いているんだというお話を思い出します。

また、税理士の科目試験に受かるたびに、私は、神様が次に進みなさいと言っているように感じます。きっと、自分が果たすべき役割も、自分の意志を超えたところに、すでに存在するものなのだと思います。
だから、七福神の世界に入ったときも、不思議だけれど、自然と受け入れられました。きっと、光太郎もそういう思いだったのではないかという気がします。

→後半へ続きます。