そうだ、お父さんにきいてみよう!

第4回「本を読んでも内容を忘れてしまうことについて」

質問

吉里吉里人、若き数学者のアメリカ、ストロベリーロード……他いろいろ、夢中になって読みました。
しかし、私は本の内容をだいぶ忘れてしまっています。ちゃんと思い出せません。
また読んでみたい、という気持ちがあります。
そうやって多くを忘れてしまっていることは当たり前ですか?
いろんな本を読んで、好きな本を何回も読んでを繰り返していくうちに何か心や頭に残っていくようになるのですか?
忘れてしまうことを怖れなくていいですか? また読みたくなったら読めばいいのですか?
お父さんが以前「どんどん読む」と話されていた気がします。
お父さんがなおちゃんに言われていた簿記の勉強のような方法で本を読んでいったらいいですか?
内容を忘れてしまうことは怖れなくていいですか? どんどん読んでいけばいいですか? 情緒を育てる読み方はあるのですか?

 

答え

「吉里吉里人」は、日本が生んだ最高傑作のひとつ、といってもいい名作ですね。「ストロベリーロード」も面白い。
こういう本の内容を忘れてしまう、というのは問題ですね。
というか、読んだ時点で、あまり理解していなかったと思ったほうがいいかもしれませんね。

僕は、今でこそ忘れたな、という本もあります。歳が来てますから、少し前に読んだものは忘れやすくなっています。でも、10代、20代で読んだ本では、1回しか読んでいなくても、覚えている本がたくさんあります。
みんなの世代で、本を読んだのにちゃんと覚えていない、というのは、集中力がないと考えていいでしょうね。まだ、集中力や考える力が、回復途上といえるのかもしれません。
たとえば、3ページ前のことを忘れて、何回も読み直すとこういう状態では、最後まで小説を読んで感動しようにも、忘れていることが多いので涙を流すには至りません。

そうやって本の内容を忘れてしまうということは当たり前じゃないです。脳が普通のコンディションに戻ったら、小説は1回読んだだけで、覚えます。
読んで忘れることを恐れずに、だーっと読むことが普通ですし、そんなふうに読めばいいでしょう。そうでないと、気持ちが動きません。
もし、どんどん読み進んでいったら、どんどん内容を忘れてしまうという場合には、まだ本を読んでも、意味がないでしょう。時間の無駄になりそうですね。

もし僕がそういう状態だったら、本を読む事は当分あきらめて、自分が1番面白い、と感じることをやります。そうやっていって、情緒が育って、頭が回りだしたらそれから本を読む事にします。
本がうまく読み進められない人は、身体も思うように動かせないので、たぶんソフトバレー、バトミントンも上手ではなく、楽しめていないでしょうね。もしソフトバレーが上手になってきたら、本も読めると思います。
落ち葉拾いとか、畑作業を楽しくやれて、ソフトバレーとかも楽しめるようになってからでないと、本がうまく読めないと思います。
でも、心配することはありません。ずっと読めない状態が続くというわけではないのです。身体や頭を、充分に使えるようになったら、本の面白さが違ってきます。

頭や身体を使えるようになるには、段階があります、ということです。
精神的に追いつめられて苦しくなる、これは本当に人の能力を蝕むものなんです。
だから、精神的に楽になったら、じっくり身体と頭と心を開放して、身体を使いやすくするように、頭と心を使いやすくしていく必要があるでしょうね。
とにかく、いまは本よりももっと楽しめるようなことを、どんどんやったほうがいいと思います。
スポーツをして楽しいな、楽器を演奏して楽しいな、コーラスで声を出して楽しいなというのが感じられてきたら、きっと今よりもずっと本を楽しめるし、そうやって楽しんだ本はなかなか忘れないと思います。