ベストオブ日記

「『勝つ』という意識」 ゆり

9月12日

【朝】
○「勝つ」という意識
 昨夜、ソフトバレーボールのBチームで試合をしました。
 始めにしほちゃんが、
「みんな、ボールが続くと楽しいと思うんだけれど、今日は、一段上の、『正しいフォーメーション』でソフトバレーをしたいと思うんだ。だから、私は試合の途中でも止めて、その都度正しいフォーメーションや、その人がそのときどこにいるべきかということを、伝えさせてもらいます」
 ということを、言いました。

 しほちゃんの「一段上」という言葉に、自分も自分に甘えや楽を許していてはいけない、と思いました。確かに、ボールが続くと楽しいです。フォーメーションを忘れて、相手コートにボールを返さなければと思って、自分が自分がと気持ちが走って、ボールを追っていってしまいます。
 結果、ボールが続いてもはちゃめちゃなバレーボールになってしまいます。「一段上」というのは、ただじゃれあうようにボールをやりとりするのではなく、自分のポジションや役割を的確に認識し、自分の役割を果たすこと。チームのみんなを信じること。出過ぎず、引っ込みすぎず、チームのみんなのなかで、適切に自分の役割を果たすこと。
 秩序だった、美しいバレーボールをすること。

 自分には、気持ちの上で、そんなイメージがあります。
 しほちゃんやのぞみちゃんがバレーをする姿は、自分が自分がと出ていってはいません。チームメイトの動きや、相手チームの人の動きを見て、自分のポジションがとるべきボールがきたら、なんでもないふうに、「ワン・オブ・ゼム」として、ボールを繋いでいます。

 どんなに個人的に技術が高くても、決して、人のポジションに食い込んでボールを取りに行ったりはしていない、と思いました。
 私も、しほちゃんやAチームのみんなの動きや、心持ちを感じて、真似して、ルールや戦略に則ったプレーができるようになりたいです。

 
【午後】

 お昼の集合でも、お父さんから、昨夜のソフトバレーボールについてお話がありました。

 私には、「勝つ」という貪欲な気持ちが薄いなと思います。それは、どこか、「誰をも悪者にしたくない」という気持ちと根本は同じような気がします。
「相手を負かす」「相手を悪者にする」ということに対して「負」のイメージを持ってしまっています。弱い者の味方という考えが、色々なところで、ストッパーとなってしまっているように感じました。
 ソフトバレーというスポーツをするときでも、正義は何かを忘れてはいけないと思いました。
 お互いに「勝とう」と、全力を尽くして戦うから、面白いのだと思いました。

 Aチームの試合を見学させていただいていて、決定的に違うのは、Aチームのみんなは、「勝つための試合」を互いがしていて、B,Cチームは、どちらかというと「ボールを繋げることに必死」ということのように思いました。事実、私は、相手コートの穴を確認する意識も飛んでしまうくらい、自分のところにボールがきたらとにかく次の人がボールを取りやすいようにとか、相手コートに返るようにとか、「点数をとる」という意識がありませんでした。

 「点数をとる」という意識がないから、アタックを打つことも、ブロックをとぶこともしてませんでした。
 「点数をとる」「勝つんだ」という意識を持ったら、もっと、ソフトバレーが楽しくなるし、心も身体も頭も使うようになるのではないかと思いました。

 私は、ソフトバレーだけでなく、日々の生活のなかでも、弱い気持ちを捨てていきたいです。
 自分のなかにあるイメージは、のりよちゃんのように、もっと覚醒して、もっとけじめとメリハリをつけていきたいです。もっと、自我の輪郭というか、くっきりとさせていきたいです。

 自分が、生きるということに対して、目指すべきところを意識せずに周りに流されたり、目的を持たずに曖昧に過ごしているから、自我がスライムのようにぼやけているから、ソフトバレーであったりダンス、畑作業などでも、ぼんやりとした曖昧な動きだったり存在になってしまうのだと思いました。

 のりよちゃんのベストオブ日記に、「けじめ」という言葉を、よく見るように思います。私は、「けじめ」という言葉にあまり気を止めずに生きてきてしまったけれど、私には、1つひとつのことに、「けじめ」が必要だと思いました。
 1つひとつのことに、けじめをつけていきたいです。自分の気持ちにも、保留ということはあるにしても、逃げたり曖昧にしたり流したりせずに、けじめをつけて、正義と強い気持ちを持って、生活していきたいです。くっきりと自分という存在に輪郭をつけて、明確な形が見えるような、自我を作っていきたいです。

 お父さんが、「ソフトバレーの上手な人は、認識力が高い人」だと仰っていました。
 ソフトバレーで何を認識するのか、というと、今、自分が感じることは、どこで自分が出るべきか、どこは人に任せるべきなのか、ということです。

 そのほかにも、ボールの距離感や、自分の身体の使い方などもあると思います。

 変な考えかもしれないですが、自分の身体が分かり、自分の身体を自由に使え、ソフトバレーができたら、どんなに楽しいだろう、と思います。今、自分はできずにいるけれど、何だか、そんな、動ける感覚を、イメージすると、すごく自由な気持ちになります。