第192回「限界」

【質問】
 自分の限界がわかりません。
 疲れているな、と思っていても、動いてしまえば動けます。作業をしているうちに疲れを忘れることもあります。でも、精神的にも肉体的にもストレスや疲れが溜まってくると、何に対してもやる気が出なくて、作業がとても苦痛になってしまいます。
 朝目覚めても疲れがとれていません。作業にも集中できません。一息つくと、ボーッとして思考停止状態になります。でも、自分が疲れているときは、だいたい皆も疲れている、とお父さんがおっしゃっていたので、皆も頑張っているのだろう、と思うと、弱音を吐いて甘えることはできません。だいたいは、我慢してやり過ごしてしまうのですが、自分の中では結構追い詰められているので、とても辛いです。
 溜め込みすぎても、なかなか解消されず、長引くだけですが、すぐに弱音を吐くのも良くないと思います。バランスが難しいです。摂食障害になってから、疲れも感じられなくて、ずっと限界を超えた境地で生きてきたので、どこまでが自分の限界か、それとも甘えなのか、よくわからないです。今は疲れを感じられるようになりましたが、それが甘えなのではないか、と自分を疑ってしまいます。そのため、相談もできなくて、溜め込まれます。慎んで休むことも優しさで、必要なことですが、それが上手くできません。自立する上で、助け、助けてもらうためにも、自分の限界を正しく判断したいです。そのために、どうすればよいですか?
 
(自分の答え)
 私の場合、相談するのが苦手で、溜め込む傾向があるので、今の自分の感覚に正直になる。自分の考えや感じ方に自信がない場合は、早いうちに、スタッフさんなどに相談してみる。
 甘え、と思わず、人の意見を聞き、謙虚に受け入れる。

 

  

【お父さんの答え】
お父さん:
 これ体力ですかね。疲れている、限界がわからない、ということですね。
 あのね、ここの中で興味深いなと思うのは、症状の最中にいると、「摂食障害になってから、疲れも感じられなくて、ずっと限界を超えた境地で生きてきたので」というところです。
 これ非常に興味深い。普通の人と違ってしまうのです。摂食障害を経験したほとんどの人は、この人が言う境地をわかってるんじゃないかな。
 では、実際にどうなのか。普通の人はどのくらいで疲れて、どのくらいの限界まで頑張るのか。
 僕は自分のこと振り返ってみると、ほとんどずっとここまで、常時、限界まで頑張りながら生きてます。夜、眠るときもそうです。
 もう、かなり眠くなって、深夜に及んでまだパソコンでメールを書いていたり、みんなの日記を読んでいたりして、お母さんに怒られて初めて寝る。
 朝、トイレに起きたりすると、そのままパソコンの前に座ってちょっとだけ、書き物、調べものするつもりがそのままやめられなくて、結局、早朝から起きてしまう。気になることあったり、考えたいことがあったりすると、特にそうです。

 若いときに1年間だけ会社勤めをしたことがあるんですけど、今でも覚えてるのは、ある月の残業時間が200時間でした。今だったらあり得ない。200時間の残業。30で割ると、1日約7時間も残業しているわけです。
 毎日、深夜12時まで仕事してる。給料よりも残業代のほうが多い。それは主に建築会社で、現場監督をやってて。建設省に出す書類を作ってたからです。そこの現場で働いていた社員は、全部で50、60人ですが、ほとんどはベンチャーの地元企業の人で、本社からの社員は4人しかいかない。ずっとその4人は書類書きや図面引きで残業続き。
 考えてみると、その後、ずっとジャーナリストとして物書きをやったわけですが、社員だとしたら、まあまあ残業200時間ペース。起きてる間中、仕事をしていました。
 なのはなファミリーになってからは、どこまでが仕事で、どこからが遊びか、ほとんどわからない。生きていることそのものが仕事みたいなもの。

 おかしなもんで、今、従業員の労働時間が全国的にものすごく守られるようになった。最近、農業機械のヤンマーから重要書類という封書が届きました。2枚紙。1枚は、従業員の健康のために政府の方針通達もあって、過重労働させては現に厳しく罰するというので、我が社も従業員の休みをきっちり取らせたい、という内容でした。
 つきましては別紙のとおり休業日を決めました、というのでもう1枚、カレンダーに赤がたくさんついているのが入っていた。土日は全部休み。その他の旗日も休みでした。
 これで、ヤンマーさん、やっていけるのか? と思いましたね。
 だって兼業農家で畑作ってる人は、土日に田んぼやってるし、夜だって田んぼのなかでライトをつけてトラクター引きやってるくらいです。
 やっぱり兼業農家の人は、土日に夜まで田んぼに出ているから、機械の具合が悪いから来てくれ、というのは土日が多いと思います。でも、もう来ないですよ。これ、ヤンマーさん、大丈夫なのと思ってしまいます。
 従業員の健康は労働時間が決められている。
 でも、経営者の労働時間は決められていない。
 僕の労働時間とか睡眠時間を厳しく取り締まるのは、お母さんだけ。誰も取り締まらない。経営者はそもそもタイムカードがない。でも、僕は若いときから、従業員でやってきてなくて、ずっとジャーナリストの一匹狼だったから、労働時間も何もない。
 経営者の健康を守りましょう、とは誰も言わない。
 この近辺には専業農家が多いですが、畑田んぼで働く時間を厳しく守りなさいという人は、誰もいない。
 農家の人、朝早くから働いてますよ。労働時間、誰も守ってはいない。
 小村さんに至っては、なのはなファミリーの開墾まで手伝ってくれる。お礼に何も出ないのに、やってくれる。
 もともと労働って何なのか、自分の限界って何なのか。
 農業が労働とは限らない。だったら家庭菜園の人、自分で労働の場を作っているということになってしまいますからね。
 労働と趣味。この間に、実は境界がないんです。
 魚を釣る。それを仕事にしてる人は仕事、休みの日に遊びでやっている人は趣味。
 人間が動いて生きてやってることすべて、労働と遊びの境目はないんです。
 目を開けて起きて動いてるとき、これは全部、同じと思います。
 限界まで動くとか、限界じゃないところまで動くとか、あんまり考える必要がないのかなと、僕自身は思っています。
 僕自身、なんでそんなふうに動いてきたのかなといえば、楽しいからですよね。
 
 ひところの僕の週末は、昼間に原稿書いたり取材して、金曜の夜は必ず徹夜で原稿を書いていました。雑誌の締め切りの都合で、毎週、朝の6時まで書き続けていました。
 そのあと家に帰ってご飯食べて、PTA役員をしてたので学校へ行きます。土曜の午前中はPTAの会議。土曜の午後から、高校の卓球部の顧問として、子供達の練習指導をしていました。夕方までコーチ。
 そのあと家に帰ってシャワー浴びて、ご飯を軽く食べてから、次は社交ダンス教室へ出かける。9時半まで社交ダンスをやって、そのあと同じメンバーで夜12時か1時まで飲みに出る。飲み会もダンスとセットなので、行かないわけにはいかない。
 だから毎週、金曜から土曜の深夜までずっと連続して動いている。それが毎週でした。
 そのころ自分が限界かどうかなんて考えてない。だから人って、どこら辺が限界なんだろうってあんまり思わないで、むしろその中身をどうかと考えればいい気がする。
 どういう気持ちでやってるのか。たとえば今日は、ここになおちゃんは居ないでしょ。なおちゃんの限界はあるんですか。5月のなおは、税理士として決算の書類まとめるのでほとんど休みがなくて、朝も早く、夜も深夜12時、1時まで働いている。それが毎日でした。なおの動き方は、あれはサラリーマンじゃなくて経営者的な動きですよね。
 限界だ、と本人は言っていない。
 お父さんお母さんスタッフが「少しは休んだほうがいいよ」と何度も言った。
 ある日は、帰ってきたのが朝4時だった。
 限界を超えたところまで働いている。
 限界超えてるくらいまでやってるのに。私は限界ですと聞いたことがない。心配して声をかけると決まっていう言葉が、「私は元気です」。

 そういう中でも、お父さんお母さんはなおちゃんに頼みごとをしてしまう。この2月だったか、忙しい時期にどっかのイベントに出て、役をやってくれ、と頼んだ。去年の12月もそう。前編後編で3時間半の音楽劇の主人公で長台詞がたくさんあるのを覚えてもらった。そして、見事に演じてくれた。
 
 なおちゃんは、面白くてやってる、意味を感じて、楽しくてやってる。もうやりたくてやってるので限界かどうかは、どうでもいい。限界を越えたら、寝たらいい。
 症状が出ている人は、何かに追われるように死ぬか生きるかでも、挑戦的にわざと自分を虐めてやってる。それも面白いけど、そういうのとは違うわけです。
 自分の限界を試すことに意味を見出してやってるのと、仕事に面白さや、やる意味を見出して、面白くてやってるのとは全然違う。限界かどうかじゃない。楽しくてやってる。

 この人の質問を読むと、楽しさをあまり感じてないような、印象を受けます。
 意味を感じてたり、楽しさを感じてたり、自分の成長を感じていたりすると、限界であっても疲れはあまり感じないものです。
 あんなちゃんも、桃から離れたくないと思って、自分で桃を植えて、自分で桃の責任者になってしまうと、もうずっと桃のことばかり考えて、それでいて幸せになってる。
 もう桃の世話を、やりたくてやりたくてたまらない。
 その意欲が、すごく大事だと思います。
 意欲の前には、仕事かどうか、趣味かどうかも、全部どうでもいい。
 意欲があり、面白さがあり、自分の力を思いっきり出して、深めていくような生き方をしていたら、限界かどうかを考える意味さえなくなる。
 自分の体力、気力、精神力の限界値を試すために生きているんじゃなくて、好きな事をやるために、意味のあることをやるために、精一杯にやっていけばいいと思います。限界かどうかとか、まるで関係ないです。
 まあ、好きな生き方をしていたら、いつのまにか、常に限界まで頑張っていると思いますよ。

 

 

(2019年6月21日掲載)









第66回「自己否定について」
第67回「友達が欲しい人、そうでない人」
第68回「未来を信じる」
第69回「山を登ると」
第70回「リーダーをすると苦しくさせる」
第71回「自分から人を好きになる」
第72回「小さいころからの恐怖心」
第73回「お姉さんのような存在を」
第74回「作業に対して気持ちの落差が激しい」
第75回「大きな希望を持つとき①」
第76回「大きな希望を持つとき②」
第77回「夢について・集中力について」
第78回「やるべきことをできていなくて苦しい」
第79回「やるべきことをできていなくて苦しい②」
第80回「真面目さは何のために」
第81回「高いプライドをつくるには」
第82回「番外編:そうだ、お母さんにきいてみよう!」
第83回「相談、確認が多いことについて」
第84回「自信を持つ」
第85回「間の良さ、間の悪さ」
第86回「過去を美化してしまう」
第87回「統合力を高めるには」
第88回「見張られているような不安」
第89回「どうして人間だけに気持ちが必要なのか」
第90回「休日になるとやる気がなくなってしまう」
第91回「低気圧」
第92回「どうして動物を飼うの?」
第93回「自分を褒める話をするには」
第94回「眠れない」
第95回「ふいに恥ずかしくなる」
第96回「躾について」
第97回「壁をなくしてオープンになるには」
第98回「自分がオーラのある人になるには」
第99回「私のストレスは何?」
第100回「社会性を身につける」
第101回「依存を切り離す期間は? その後はどう変わる?」
第102回「依存を切り離すことについて②」
第103回「会話が理解できない・生きる意味」
第104回「何者にもなれないのでは、という不安」
第105回「一緒に長時間いられない」
第106回「人の気持ちを汲めない」
第107回「リーダーとしてちゃんと動くには」
第108回「仕事への情熱と、興味があること」
第109回「日々の習慣を持つ」
第110回「自分のアスペルガー的な要素について」
第111回「外見について」
第112回「芸術、情緒、愛情 心の深さ」
第113回「なぜ風俗業は禁止にされないのか」
第114回「生き難さを抱えていなかったら、どんな将来の夢を」
第115回「健全な家庭なら自我は育つのか」
第116回「自我を育てる」
第117回「説明が理解できない」
第118回「好きな花①」
第119回「好きな花②」
第120回「血を連想させる単語を聞くと」
第121回「社会性と、基本的な姿勢」
第122回「深い関係をとって生きる」
第123回「ノルマ感、義務感が強い」
第124回「野菜の収穫基準がわからなくなる」
第125回「自分を楽しませること、幸せに過ごさせることが難しい」
第126回「向上心を持てないこと」
第127回「アーティスティックな心」
第128回「野性味を取り戻す」
第129回「個人プレイからチームプレイへ」
第130回「すべてのことを高いレベルでやりたい」
第131回「なぜ、痩せているほうが良いと思われるのですか?」
第132回「予定が変わると、気持ちがもやもやする」
第133回「楽観主義者と悲観主義者の境界線」
第134回「上品に、笑顔で、美しく」
第135回「続『上品に、笑顔で、美しく』」
第136回「嘘をつけない」
第137回「お父さんが怖い 前編」
第138回「お父さんが怖い 後編」
第139回「見事やで」
第140回「頼まれごとが不安・時間に遅れる①」
第141回「頼まれごとが不安・時間に遅れる②」
第142回「頼まれごとが不安・時間に遅れる③」
第143回「大きな声を出すこと」
第144回「時間の使い方」
第145回「お腹がすく」
第146回「本を読む時、第三者の視点になってしまう」
第147回「罰ゲームの答えとユーモア」
第148回「アイデアが出ないこと」
第149回「気持ちと身体の助走」
第150回「花や動物を可愛いと思えない」
第151回「美味しいセロリ」
第152回「尊敬している人といると、あがってしまう」
第153回「考え事がやめられない」
第154回「認めてもらいたい気持ち」
第155回「寝汗をかかなくなった」
第156回「時間の不安について」
第157回「楽器を練習したい、本を読みたい」
第158回「疲れを認めたくない」
第159回「アトピーと蕁麻疹」
第160回「はっきりした人になりたい」
第161回「会話と、興味の深さについて」
第162回「思春期の不安定」
第163回「潔癖症について」
第164回「自尊心」
第165回「自分の身体のサイズ感をとらえるのが苦手」
第166回「兄弟を心配する気持ち」
第167回「自分の声への違和感」
第168回「野菜の調子が悪いと、自己否定してしまう」
第169回「好きな気持ちと、誤解をされることへの不安について」
第170回「トイレが近いことについて」
第171回「競争意識について①」
第172回「競争意識について②」
第173回「コンディションによって態度が変わる人、変わらない人」
第174回「恐がりなことについて」
第175回「テンション」
第176回「目を見ること、見られること」
第177回「よいお母さんになる10か条」
第178回「音楽と我欲①」
第179回「音楽と我欲②」
第180回「時間の使い方と焦りの気持ち」
第181回「自分に疑心暗鬼になって、不安に陥ってしまうのはなぜ」
第182回「有志の募集に手を挙げづらい」
第183回「緻密に」
第184回「いつも怖い」
第185回「体型に対するこだわり」
第186回「気持ちの切り替えが、うまくできない」
第187回「米ぬかぼかし作り」
第188回「評価すること」
第189回「堂々とした人に怯えてしまう ①」
第190回「堂々とした人に怯えてしまう ②」
第191回「耳が良くないこと」
第192回「限界」
第193回「物を簡単に捨てることができてしまう」
第194回「整理整頓、片付けができない」
第195回「次のミーティングは、いつですか?」
第196回「整理が過ぎるのは症状ですか」
第197回「人をもっと理解したいということについて」
第198回「体育の授業が怖くて、さぼっていたことについて」
第199回「完璧が怖い」
第200回「やるべきことに追われてしまいがちな気持ちについて」
第201回「正面から受け取りすぎることについて」
第202回「手持ち無沙汰にさせることが怖い」
第203回「生き物が好きで触りたくなる気持ちについて」
第204回「魚の食べ方について」
第205回「ステージで間違いがあったときは」
第206回「作業で焦ってしまう」
第207回「調理されて食べられる魚はかわいそう?」
第208回「頑張ろうとすることに疲れた」
第209回「自己愛性パーソナリティ」
第210回「期待について その①」
第211回「期待について その②」
第212回「アウトプットで生きる」
第213回「キャパシティを大きくしたい」
第214回「コミュニケーション」
第215回「秋が寂しい」
第216回「我欲と、自分を大切にすることの違い」
第217回「声を前に出して歌うには」
第218回「できる気がしない、と感じてしまう」
第219回「苦手なことをしている時間を苦痛に感じてしまう」
第220回「握力について」
第221回「喜び合うための全力」

第1回から第65回までの「お父さんにきいてみよう」は、
こちらからご覧いただけます!
Side effects medicine online pharmacy enter your Health Record number. Best-quality discount drugs http://online-pharmacy-rx.com `[!: Canadian drug stores works with a drugstore. Order and buy medicines through the Internet for the lowest prices in canadian pharmacy <;< generic viagra : Announcements of new drugs. Shares. Best price.