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「綺麗で透明な働き方を」 まち




5月26日

 先週お父さんから作業のとき、別の人をイメージする、と教えて頂いて、れいこちゃんをイメージして作業をしたり、まえちゃんの動きを思い出して生活したりしていました。ときには、自分から離れて、作業中にうっかり自分を出してしまいそうなときに、一息ついて、そうしないで作業をしたりしていました。こうすることで、お父さんに相談させて頂いていた、1か月以上も長引いていた謎の体調不良(鼻づまりといった、鼻炎のような症状、全身のかゆみ、湿疹)が驚くほど改善して、元の状態に戻りつつあります。あれだけ治そうと薬を飲んだりもしていたのに、気持ちの使い方や状態でこんなにも違うのだと驚きました。

 今まで私は自分をいつも追い込んでいて(結局は間違った追い込み方、頑張り方だったのですが)、頑張らない自分はダメだ、頑張らなくてはいけないといつも思い込んでいて、結果的にしんどくなっていたのだと思いました。頑張っている自分は好きだったし、それが正しいと思い込んでいたけれど、お父さんの言う通り、人に嫌な気持ちにさせていたり、作業をしにくくさせていたのだと思いました。初めは、自分じゃない誰かを演じることとか、イメージすることとかは、自分が正しいと思っていた頑張り方ができなくなるので、すごい抵抗があったり、まるで自分を否定されたかのように思ってしまっていたり、間違った認識をしていました。けれど、実際にやってみると、思ったほど苦しい思いをすることもなく、それどころか自分もとても楽で、作業だけでなく普段の生活も気持ち的に楽になって、とても生きやすくなりました。

 今までは誰かと一緒にいることがとてもしんどかったです。誰か他人と一緒にいると、笑わせなければ、とか、楽しく明るくしなくてはいけない、と気負い過ぎていて、それは誰に言われたわけでもないのにそう思い込んでいて、誰かと話すのもなんとなく緊張したりしていてリラックスできていなかったけれど、自分の中で気持ちが楽になってからは、人と話したり一緒にいることも楽になりました。なのはなに来て、24時間誰かと一緒にいるという状態がとてもしんどい状況が続いていて、夜の時間に自由時間をもらって、一人になる時間がないともう苦痛だったのですが、最近ふと思うと、今はまったく苦痛ではないです。今は特に、朝から晩まで、夜は簿記もあって本当に自由時間がほとんどなくて一人になる時間がないけれど、まったくもって平気です。とても、気持ちが楽になりました。

 今まで、いつもこうして、間違った頑張り方をしていて、自分をなんとなく追い込んでいて、なんとなくどこにいても居場所ではない感を感じていて、こんなにやっているのにどうしてしんどいのだろう、寂しいのだろう、と思っていたから、ストレスが溜まって、そのストレスの捌け口として私は過食嘔吐をしていたのだと思いました。いつも緊張していて、リラックスすることがなかったから、一人になったとき、ほっとして、でも寂しくて、空虚な感じを持っていたから、過食嘔吐にすがるしかなかったです。

 謎の体調不良は山小屋キャンプに行く直前から続いていて、およそ1か月間続きました。そのとき、とてもしんどかったけれど、今振り返ると、本当に気持ちの変わり目だったのだと思います。体の症状が治まると、気持ちも楽になりました。

 自分が出そうなときに誰かをイメージするというのは、焦っていたり急いでいる状況になるとうっかり忘れてしまって、また自分の良くないところがでてきてしまうときがあります。今は、そうやってまた、自分が出てきてしまうと、自分で気付いて、またやってしまった、と振り返っています。自分の中でそれを定着させるのはもしかしたらもう少しかかるかもしれないけれど、いつか自分が納得できるまで、馴染んで、自分も楽になって、周りの人にも迷惑を掛けない行動を取れるようになりたいと思いました。

 まだ今の私がこのことを考えるのは早いと思うのですが、昨日お父さんに言われて気になったことを書かせて頂こうと思います。お父さんは、今の私はローブロウなレベルで滞っていると仰いました。確かに、私は今のままで良いよ、無理しなくていいよ、と人にも自分にも言ってしまいがちだと思いました。これでは確かに成長がありません。お父さんの仰っている意味も分かります。でも、私は自分を否定し続けて、過食嘔吐が止まらなくなりました。こんな自分ではだめだ、なんでこんな自分なんだろう、もっとがんばらなきゃ、そうやって追い込んでいて、自己否定していて、無駄な頑張り方をしていたので、摂食障害が治らなかったところもあると思います。いつもなんとなく苦しくて、それから逃れるために、過食嘔吐をしていました。否定されると辛いし、追い込んでしまうから、その苦しさを分かっているから、人にも成長を妨げてしまうような、そのままでいいよ、無理しなくていいよ、と言ってしまうのだと思います。今、私は作業中や普段の生活に対する気持ちの持ち方を変えて、とても楽になりました。変な頑張り方をしなくなりました。するともちろん、心も楽になって、過食欲や不安もありません。摂食障害を治すために、私にとって、この気持ちの持ち方は少し、必要なのだと思います。

 でも、お父さんが昨日仰った通り、これでは成長がないし、ハイブロウではないと思います。今は気持ちを変えたばかりで、まだこの気持ちの持ち方が定着していません。気持ちの持ち方が定着して、生きるのが本当の意味で楽になって、自分の弱いところ、良いところ、悪いところを正しく認識して、さらに余裕ができて視野も広くなって周囲の人も正しく認識することができたら、必ずお父さんの言うとおり成長してみせます。

 こうやって日記を書いていても、自分があまりにもちゃんと物事の認識ができていないことが分かります。まだ心の持ち方をちゃんと掴めていないのだと思います。

 お父さんに言われて、昨日は少し落ち込んでしまったけれど、気が付けたのだから、良かったのだと思いました。今まで、おかしな頑張り方をしていた状況があまりにも長かったので、まだ今の自分が掴めていません。今の自分は何ができるのだろう、長所なんてあるのだろうか、今まで頑張っていることが自分の良いところだと思っていたので(間違った頑張り方ではありますが)、今の自分をちゃんと認識できていないです。

 お父さんの言う通り、作業や仕事で、人に対してイヤミに感じさせることもなく、負担に思わせることもなく、透明で、綺麗に、自分の力や長所を活かせられる働き方をしたいです。いや、長所なんてないんじゃないか。長所なんてなくても、みんなが働きやすいような動きができる人間になりたいです。さりげなく、空気がよく、でしゃばることのなく、綺麗な働き方をしたいです。

 今回の体調不良は、本当に自分の壁にぶち当たったというか、なのはなに来て最大の謎の体調不良だったので、これを乗り越えたら、とても楽になると思いました。実際気持ちは楽なんですけど、これを機に、これからの人生をもっと楽に生きて、楽しくて、かつ良い働き方ができる心の持ち方を習得したいです。

 長くなってしまいましたが、最近の心の変化を綴らせて頂きました。また、お父さんとお母さんとお話したいです。日記を書かせて頂く時間を設けて下さってありがとうございました。

 今日の午前中は記憶にある限り、人生で初めての手植えをしました。本当に時間があっという間で、楽しかったです。機械よりも速く美しくできるなんて、なのはなファミリーのみんなの凄さを改めて実感しました。意識高い人がこれだけ人数が揃ったら、あれだけ広い田んぼも綺麗に田植えすることができるのだと思いました。

 以前お父さんが人数がたくさんいて、手厚い手入れをすることができるから、なのはなの野菜は綺麗で美味しくて評判が良いのだと仰っていて、私は今まで畑なんてまったく興味がなかったので畑の違いも分からなかったけれど、なのはなの畑は本当に綺麗で、なのはなの野菜は幸せなんだと思いました。

 最近は絹さやや空豆が収穫時期になっています。絹さやと空豆は私がなのはなに来て、肥料入れから手入れまで最初から最後まで見届けることができた最初の野菜です。冬の間、まだあまり育っていなくて背丈も小さいときに、毎日気温と相談しながら保護用のビニールを開け閉めして、みんなで守り通したなあ、と思って、収穫も感慨深く、思い入れが強いです。野菜の収穫は今までも何度もさせてもらったことがあるけれど、絹さやと空豆の収穫は一番嬉しいなあ、と思っています。今朝、嫁入り準備の時間で、しほちゃんと作業をしているときに、しほちゃんが空豆はそろそろ収穫しようと思っている、と話していて、空豆の収穫がとても楽しみです。

 なのはなに来て半年ちょっと経つけれど、慣れてきて、自分の立ち位置が分からなくなったというか、ここにいて良いのかという、謎の不安がちょっとあります。きっかけは治すことを目標に来ました。来たばかりで半年経つまでは病気が改善されていく状態が面白くて、新しい景色を感じる事ができて、心の変化も楽しめていました。当たり前のようにあった過食欲がどんどんなくなってきて、親に対する気持ちもどんどん変わってきて、自分の心の傷も分かって、どんどん楽に、良い方向に向かっているという感触。昔のしんどさはとれてきて、病気も改善されていき、心も楽になった。ふと振り返ると、自分の良さが分からなくなって、役割も分からなくなりました。リーダーをするわけでもない、特別な才能があるわけでもなく、何かを任されているわけでもなく、落ち着いたと言われれば、それで良いのかもしれないけれど、ただ楽しめればそれで良いのかもしれません。それで、良いのでしょうか。

 私は、早く自立がしたいです。早く働いて、自立がしたい。そのために、今は、みんなと一緒に働いていて、お父さんが言っていたように、綺麗で透明な働き方ができるようになりたいです。今の一番の目標は、それだと思いました。人と適切な距離をとることができて、自分も人も負担にならなくて、自分をちゃんと認識し、今自分がどう動くべきなのかをちゃんと分かって、適切な行動をとることができるようになりたいです。今一番の目標は、これです。

 でも、今は今で大変で、目先の課題に追われてしまいがちですが、昔を振り返ると本当に、気持ちが楽になったなあ、とつくづく実感しました。親に対してどうしようもない憎しみの気持ちとか、自分に対してどうしようもない否定感や、生きている事に関して絶望の嵐だったり、もうそれは地獄のような毎日が当たり前の心持ちだったのですが、親に対しては今は何とも思わないし(親とか家族、というフレーズを聞くと心がざわざわしたり、親と自分が似ている要素を感じるとどうしようもない絶望感とか、そういったものが一切なく、親の事を思い出しても特に何とも思わない)、自分が自分じゃないような感覚もなくなったし、なんか、余計なこと(自分が不安になるようなマイナスなこと、余計な心配など)を本当に考えなくなったと思いました。地獄のときって、本当に苦しくて辛いのに、心が楽になると、過去の苦しみも忘れてしまうものなんだと、思いました。今、それだけ幸せなんだと思います。これから、どんどん、もっと楽になっていくし、もっと素晴らしい世界が待っているのだと思いました。

 最後になりましたが、昨日、帽子の件で、お母さんからご指摘頂き、ありがとうございました。帽子を被って、体調管理も気を付けます。ただ、ひとつご理解頂きたいのが、私はどうしても、もともと肌が日焼けしやすい体質で、今も日焼け止めをしっかり塗っているのですが、日に焼けてしまいます。中学、高校とテニス部だったのですが、写真に撮られると歯と白目しか写らないくらい、本当に真っ黒でした。今も、自分がもう日に焼けすぎていて、醜いことは分かっているのですが、日焼け止めを塗っていないのではないです。帽子をちゃんと被って、これからさらにしっかりと努力をしていきます。偉そうに言ってしまって本当にすみません。

 長くなりましたが、読んで頂いてありがとうございました。日記をしばらく書いていなかったのですが、日記を書く頻度と、心の潤いは比例すると思いました。日記を書けていないということは、自分を振り返れていないし、心が荒んでいます。今は夜に簿記があって本当に書く時間がとれていないのですが、簿記が終わったら、ちゃんと日記を書く習慣に戻りたいと思いました。
 日記を書いていないから心が渇くのか、心が荒んでいるから日記を書かないのか、どちらが先かは分からないのですが、どちらにせよ、日記を書かないことはここの生活で良い方向に行かないことは確かだと思いました。気を付けます。

 支離滅裂な文章で、相当長くなってしまって、本当にすみません。読んで頂いてありがとうございました。夏が楽しいです。もっと気持ちを前向きに、良い方向に頑張っていきたいです。正しい頑張り方を身に付けたいです。これで、提出させて頂きます。

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