第166回「兄弟を心配する気持ち」

【質問】
 私は兄妹をうっすらと心配に思っていたのですが、その人達と考え方・心のありようが違うと思うと、そういう人たちのことを心配すること自体意味の無いことのように感じました。
 その人はその人の価値観の中で生きていくし、心配するだけ無駄で、価値観が違うのに合わせようとすることも、おこがましいと思いました。
 そう思うと心配しなくていいと思えるのですが、この考え方は間違っていますか。

 

 
【答え】
お父さん:
 間違ってないですよ。それでいいです。
 そもそも、手の届かないところを心配すること自体が、分をわきまえてないことなのかなと思いますね。
 冷静に考えると、今、摂食障害で苦しんでる人は日本に数えきれないほどいる。中には今にも死にそうな人がいます。僕はその人たちを助けられるものなら助けたいな、と思います。だけど、本気では思っていません。なぜかといえば、手が届かないからです。それを何とかしようと思うのは、やっぱり行き過ぎていると僕は思います。
 僕も人間として限界がある。その限界の中で、できることとできないことがあり、できることは限られています。誰でもそうです。ものすごく能力が高い人もいるけれど、誰しも限界がある。
 自分の能力の中で、いま自分ができる精一杯を尽くしている、そのことだけでいいんじゃないか。そのことだけが尊くて、それ以上のことはおこがましい、間違った出過ぎた考えなんじゃないかと思うのです。

 兄妹に対して何ができるか、2つのことを思います。
 いま僕が言ったのは、ほんとは助けたいけど自分には限界があるからこれでいいんだ、という考えです。
 もう1つは、その兄妹を信じるということ。信じるからこそ手を出さない。
 神様が自分に何か役割を当ててくれているとしたら、その自分の手が届かない兄妹にも役割とか、運命を与えてくれているはずなんです。
 神様は自分だけに運命、役割を与えて、みんなには与えていないというのは間違いです。すべての人に、その人それぞれの役割があると考えるべきでしょう。苦しんでいるとしても、そこに意味があるのかもしれません。それを、自分がすべての苦しみを取ってやろうなんて考えないほうがいいです。
 手が届くとき、縁があったとき、その時は全力を尽くしましょう。
 助けられないのに助けたいと願う、助けられないことを残念だと思ったら自分は病気になる。どうせ助けられないのだから、その人にも何のプラスにもならないし、自分が病気になるのは余計なことだとしか思えません。ですから、助けられない人に対して、過剰に助けたいと願うのは、いいことだとは思えないということです。

 僕の知ってる人で、子供が3人いるのですが、3人とも自閉症だったという人がいます。自分の子供たちが自閉症だったことを悲観しすぎたために、その母親は糖尿病になってしまいました。
 そういう過剰ともいえる心配を、何のためにしたのか。こどもの将来、運命、未来を信じてなかったからです。
 信じてやればいいじゃないですか。いくら自分の子でも、自分は先に死にます。子供の人生のすべてには、手が届きません。
 いくら心配しても何の意味もないのです。信じてあげることが大事だと思います。
 もし子供を信じることができたら、その母親は病気にならなかったと思います。もっと子供のために何かできたかもしれません。
 心配を広げすぎるというのは、何か、間違ってるんじゃないかと思います。
 ありとあらゆること、すべて楽観的に考えるべきです。
 

 楽観的にあるべきこと、と大学で教わりました。なんの授業かは忘れました。
 今西錦司という自然科学者が言ったことです。
 自然科学者には2つのパターンがあると思います。1つは悲観論的な発想。もう1つは楽観的な発想です。
 悲観主義の自然科学者だったら、たとえば環境破壊、乱開発でいろんな生物が絶滅に瀕している、だからこのままじゃダメなんだ、いろんな生物が絶滅する一方だという主張になりがちです。
 今西錦司という人は、様々な生物の研究をしていて、自然界の楽観すべき現象をたくさん例を挙げて書いています。ある田舎で、沼にたくさんのめずらしいトンボやヤゴが繁殖していた。きわめて珍しく、絶滅危惧種に指定されるような両生類などもいた。
 ところが、ある開発計画が持ち上がり、沼が埋められることになった。
 今西錦司は、うわー大変だと、いっぱいその沼の生物を採取した。記録だけでも残そうといっぱい集めた。そこの沼ほどの多様性のある沼はその近くになかったのです。
 開発への反対運動もあったけど、結局、埋め立てられて沼は消えました。今西錦司は、その沼の生物たちは全部、絶滅したと思った。
 ところがあるとき思い立って、近くの沼を調査してみた。その沼には、あまり珍しい生物はいないはずだった。ところが、行ってみて驚いた。埋め立てられた沼の希少なトンボが全部いた。引っ越していたんです。
 クロネコヤマトに頼んだ証はない。どこで、誰が、いつ頼んだんだ?! もちろん誰かが引っ越しさせたわけじゃないんです。それなのに、全部、引っ越していたんです。小躍りして喜んだ。自然というものは素晴らしい。すごい力がある。捨てたもんじゃない。そういうふうに今西錦司は言っています。これ、うろ覚えで話しているので、だいたい、そんな話だと思ってください。興味のある人は、ぜひ読んでみてね。
 

 心が救われるような話しだと思うんです。
 未来が信じられることって素晴らしい、人が信じられることって素晴らしい、そう思いませんか。自分の手の届かないものたちの未来が信じられる。そういう楽観論は、人をすごく救うと思います。そしてそれが真理なんです。
 だからみんなも、手の届かない人を心配して悲観するんじゃなくて、自分が手を下すよりよっぽど素晴らしいことになってると思ってください。引っ越したトンボたちを思ってください。
 基本はそこ。楽観論です。みんなも、何か物事を考えるときはいつも楽観論に立ってくれたらいいかな、と思います。

 

 

(2019年3月19日 掲載)









第66回「自己否定について」
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第72回「小さいころからの恐怖心」
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第77回「夢について・集中力について」
第78回「やるべきことをできていなくて苦しい」
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第129回「個人プレイからチームプレイへ」
第130回「すべてのことを高いレベルでやりたい」
第131回「なぜ、痩せているほうが良いと思われるのですか?」
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第133回「楽観主義者と悲観主義者の境界線」
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第135回「続『上品に、笑顔で、美しく』」
第136回「嘘をつけない」
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第207回「調理されて食べられる魚はかわいそう?」
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第211回「期待について その②」
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第221回「喜び合うための全力」

第1回から第65回までの「お父さんにきいてみよう」は、
こちらからご覧いただけます!
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