第146回「本を読む時、第三者の視点になる」

【質問】
 本を読んでいるとき、第三者の視点になることについて。
 私は本を読んでいるとき、意識していないと、主人公視点ではなく、光景をながめるように、第三者の視点になってしまいます。
 また、主人公に気持ちを沿わせる、というのが難しく感じ、同じ気持ちになって物語を追おうとすると、今まで感じた、似た気持ちを思い出しながら、場面と当てはめて読んでいます。
 本を読もうとすると意気込んでしまうのですが、これは読書を続けて慣れていくことで改善されますか。
 お父さんお母さんは、どう思われますか?
 
 自分の答え
 読書の経験が浅いためそうなる。慣れてくれば自然に本の世界に入ることができる。
 
 
 
【答え】
お父さん:
 つまり、小説は主人公を中心に書いてありますけど、読む時に主人公目線になってなくて、似たようなことをしたときの自分を思い出したり、あるいは第三者の視点になって読むということなんですよね。
 
 なのはなファミリーに入ったときに、みんなアンケートを書いたと思うんですね。絵本を読んで、質問に答えていったと思うんですよね。まさにこれを問うものなんです。
 物語の主人公に心を沿わせて読んだ人が答える答えは、決まってるんです。他に答えようがないんじゃないかと思うような設問しかしてないんですけど、時々、エッて思うような答えを書く人がいる。それはまったく物語に入り込んでいない、他人行儀に読んでいる、まったく主人公に肩入れしていない、という読み方をしているからなんですね。
 これは、自分を守るために、没頭しないんですね。
 人の話に乗らない。
 常に腰を引いて、距離を置いて、見る。
 そのなかに入り込むと、心をそこに沿わせちゃうと、非常にリスクがあるんですよね。
 どういうリスクかと言うと、ぐっと行けば行くほど、言ったことが裏切られたときに、傷つくんですね、自分が。ここまで傷ついているので、誰かの話に乗らない。なにかやるときも半身でやる。全力ではやらない、っていうね。
 半身でやる。
 で、そこでダメージを受けることを半分で済まそうとする。少なく済まそうとする。自分の気持ちを手放さない。身体も手放さない。だから話半分で読む。没頭するだとか、我を忘れて読み込むと言ったら一時的に我を忘れちゃってますからね。
 眠るのも危険ですよね。
 我を忘れて眠ってて、自分を忘れて、安心してぐっすり眠りこけてたら、何されるかわからないでしょ。何が起きるかわからないでしょ。自分は守らなきゃならない。危険にさらされている。精神的に踏みにじられる、肉体的にも暴力を受けるかもしれない。そういうリスクを感じていると、眠れない。眠いのに神経が張り詰めてて、すぐに何かで起きてしまう。そういうような、神経の張り詰め方にちょっと近いものがあってね。
 没頭しないんですね。
 
 だから、読書に慣れてないということじゃないんですよね。
 この人が読書感想文を書くとしたら、非常に難しいですよね。
 なんか、隣で小学生が音読の宿題か何かやってるのを聞いていても、(ふうん、本読んでるんだ。なるほどね)みたいなね。それの感想文書けって言われて、え、なんだ感想文書くのかよって。それくらい遠い話としてしか感じないので感想文を書けない。
 これが、あらすじを追えたらまだいいほうですよ。そのうち、あらすじも追えないんですよね。途中から、自分はこうだな、みたいなことを考えてると、2ページ前に書いてあったこと忘れちゃうんですよね。だから読んでてもさっぱり頭に入ってこない。
 読書ということになっていないんですね。
 本を読んでいるふうだけど読んでることになってない。
 非常に浅く遠い話でしかない。
 これはやっぱり、自分を守る、没頭しない、自分を手放さない、っていう症状ですよね。
 
 僕は最近、ジーブス(なおと)から聞いた話で、本当に典型的で面白い話だなと思うことがありました。ちょっと関係ないようですけど、なのはなファミリーで、「利他心」ってあそこに書いてあるように、利他心を持ちなさいと言っています。
 利他心を持つのが非常に難しく感じた、と言うんですね。
 で、その、よその武術の教えで、「半ばは己のために、半ばは人のために」という教えがあったりするんですよね。
 で、半ばは己のため、半ばは人のためにと言うと、利他心のように見えるでしょ。利他心じゃないんですよね。半ばは己のために、半ばは人のためにって、それで利他心をやろうとすると、どうにも色んな所で、気持ちが整理がつかなくて、すっと利他心になれないんですね。
 どうしてかと言うと、半ばを自分のために残しているから、なんか損したような感じがあるんですね。
 自分の持ってるものを、半分やっちゃうわけですから、損したような感じになります。
 半分というのも、これが大福餅だったら半分ってわかりますよね。大福餅じゃなくてもっと抽象的な気持ちだったら、あるいは労力だったら、「このくらいは自分のために働いて、このくらい――」どこらへんが労力の半分なのか見当がつかない。
 なんか、本気で誰かのためにやるというのがだんだんわからなくなってくる。どういうことなんだっていうね。
 そういう気持ちで、他の人が利他心で動いてると言っても、ほんまかいなって、ちょっと信じられなくなってくる。
 
 それが、全部自分を手放して、自分を手放して、100パーセント相手のため、っていうのが利他心ですよって、なのはなファミリーでは言ってるんです。
 すると自分が空っぽになっちゃうじゃないの、残ってないじゃないの、そんなのおっかないよ、恐いよって、なるかもしれません。
 自分が空っぽになって、もぬけの殻、セミの抜け殻みたいに取るに足らない人間になって、そうなったらどんな目に遭うかわからない。みんなにバカにされる、バッシングされる、軽蔑される。本当に価値の無い人間に成り下がってしまう。怖い感じがする。だから全部は手放せない、って思ってしまうわけです。

 実際に、何かこう、面白い遊びとか、面白い何か――こないだだったら、ウィンターコンサートやりましたけど、コンサートやってるときに、芝居をやってたよね。芝居を何人かとやって、「これはこんなふうに言ったら良いんじゃないか」そんなことをずっと繰り返しているわけです。
 芝居を作っていく時に、仲間と一緒に芝居を作っていく。
 で、これをこんなふうにしたら良いんじゃないか、これをこんなふうにしたら良いんじゃないか、って作っていると、まあ面白くなる場合も、ならない場合もあるにしても、結果としてどんどん、面白くなっていく。積み上がっていく。
 最初、団長(なおちゃん)が、仕事が忙しくていない。団長がいない中で、こんなふうじゃないか、あんなふうじゃないかとやっていて、こんなところかなと思う。そこへ団長が帰ってきて、団長がやる。ぐっと面白くなる。
 それで、団長と、「こんなふうにしたらもっと面白くなるんじゃないか」ってやってたら、どんどん、自分が思ってた以上の、脚本で読んだ以上の、面白い場面が次々、作られていくと、何かワクワクしてくる。ほんとに面白いなっていうね。
 
 そうしてやってる時に、一人ひとりが、自分の中になにか自分を残してるということじゃなくて、もう自分を捨てて、何かそれぞれの役になりきって、やって、捨てれば捨てるほど、何か自分じゃないものになってしまえばしまうほど、面白くなっていく。お互いにね。それが、ハッキリ見える。手に取るように見える。
 そういうことを通過してくると、ああ自分は何も持っていなくて良いんじゃないか、自分じゃなくて別な人になっちゃっていいくらい捨て切って、もう、いつだって捨てて良いんだ、いつも、捨てれば捨てるほど逆に面白い、ワクワクする、楽しめる。そういうふうな体験を通過してくると、ほんとうにこう、生きることの面白さの原点と言うかな、それが見えてくる。
 だったらもう、自分に拘らない。
 自分を捨てて、無我の境地で生きていって良いんじゃないか、っていうふうになってくるんですよね。
 自分を手放す。
 で、それはね、怖さがあるうちはできないんですよね。
 やっぱり、ある程度信頼する人の中で、信頼感を持ちながら、やることで初めて味わう境地なんですよ。
 自分一人でできない境地なんですよね。
 そういうことを経験すると、わりと手放せる。
 
 ウィンターコンサートのストーリーの中でありましたけど、子供遊びってありますよね。砂遊びとか魚釣りとかね。もう、我を忘れて、その遊びに熱中する面白さというのが、そういう子供遊びの中には、どれどれあるんですね。
 我を忘れてものすごく面白く遊んだという経験のある人は、体験的に、自分を簡単に捨てられるんですよね。
 “自分を捨てる”と言ったって、実は、自分を捨てて、役になりきって、人と何かを一緒にやる時、自分を失くしちゃったようだけど、今度相手からセリフか何か言われて、面白いなってなったときに、捨てたようでも返ってくるんですね。面白さが返ってくる。捨てたようでも倍になって返ってくる。相手から返ってくる。
 全く捨てたことにならない。自分が損しない。
 逆に自分を捨てることで、面白さが高まる。評価も高くなる。
 捨ててるようで何も捨ててない、ということに気がついていくというかね。そういう効果があるんですよ。
 だから、それを味わったら、簡単に自分を捨てられるんじゃないかなと思います。
 
 で、今どきの風潮で、「個性を大事に」とか、「自分自身を大事に」なんていう考えが横行していると、なんか自分を捨てたら個性まで無くなっちゃって、価値の無いことになっちゃうんじゃないかというふうに、怖さを助長する風潮がありますよ。
 実はそうじゃない、ということですよね。
 でも、まだ症状から完全に離れていない人は、こういうふうに小説を読んでも本の中に入り込めなかったり、怖さを手放せない、同時に自分を手放せないというのがあるので、なかなか難しいことになっちゃってるんですけど。
 この人が自分を手放せたら、本の読み方も変わってきますよ。読書のノウハウじゃなくて、自分の心が、怖がって怖がって本の中に入り込めなくなってるだけなんですよ、っていうね。
 怖がらなくて良いんじゃないでしょうか。
 
 これ、実はすごく良い質問ですね。
 何でかというと色んな人にこの怖さがあるからです。色んな人に。手放せないから。色んな人が。
 一見、表面的には出来上がって手放してるような顔してても手放してない人、自分を手放してない人というのは微妙に畑で手を抜きます。微妙に畑でいいとこ取りをします。
 本当に手放せている人は、いいとこ取りしません。人よりも、大変な作業を選びます。人よりも一生懸命働きます。
 手放してない人は、楽をしようとします。
 僕は、ここにいる人で自分を手放せていない人は、誰と誰と誰、って全部言えますよ。
 自分では隠してると思っているでしょうけど隠せてないですよ。それは自分の心に聞けば、みんなそれぞれわかると思いますけどね。本当にこれ大事なことです。そういうことで、良い質問してくれました。

 

 

(2019年1月8日掲載)









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