第115回「健全な家庭なら自我は育つのか」

【質問】
 健全な家庭なら、自然と自我は育っていくのでしょうか?
 精神分析、哲学論からも、「汝自身を知れ」といわれるように「自我」とは人類の永遠のテーマであり、摂食障害の人に限った課題ではないのかなと感じました。
 

 

【答え】

お父さん:
 これは、「健全な家庭では、自然と自我は育っていく」っていうよりか、原始的な途上国の村で育った人というのは、みんな自我が育ちますね。
 ちょっとイメージしてみてください。
 男性が狩猟をして生活を立てているような社会では、自然に自分の役割、人の役割というのを意識できるようになる、そんなふうに強く思います。
 で、今の日本では、あるいは今の先進国ではと言ったほうがいいかもしれませんが、健全な家庭であっても、自我が自然と健全に太く育っていくかと言うと、それは難しい状況なんじゃないかなという感じがするんですよね。
 アマゾン川流域の、朝から晩まで子供が桟橋みたいなところから飛び込んで遊んでるようなところで育った人。ナマズを釣ったり、川遊びをしたり。家の手伝いで水汲みに行ったり。水はアマゾン川にあるから汲みに行かないか。
 そういう人って、なんかこう、「自分はどんな性質を持った人間か」というプライドも育つし、哲学的な言葉こそ知らなくても、自分は何者かというのを、すごくわかる育ち方ができる、というふうに思いますね。

 僕の子供の頃を思い出しますと、大洗町という海の町なんですが、僕が6つ、7つ、小学生くらいのころ、観光客が海水浴場で多勢、遊んでいるような時のことです。
 町の中を、17,8歳とか20歳前後の人が歩いてると、その地域の若い10代の子は必ず声をかけますね。
「われ(お前は)、どこのもんだ? どこさ行く?」
 って。どこのもんだ、ってききますね。ヤクザじゃなくても、誰でも聞きます。
 何ていうか、町のなかには不特定多数の無名の存在の若者はいないことになっているんですよ。だからどこの者かはっきりしろ。何をするためにここ歩いてるんだって。海水浴客なら海岸にいるはず、それが町の中を歩いているのは何でだ? となる。(いまはガルパンの舞台として有名になり、町中をたくさんの観光客が歩き回っていますが)
 僕は20歳くらいになってから、岩手の山奥へ行ったときに同じ体験をしました。20歳くらいになっても、「われどこのもんだ」ってやっぱり言われましたね。要は観光客ではない。観光客が来るような場所ではない。何しに来てる。誰だ?
 そういう場所で、「俺はどこそこの誰兵衛だ」と答えると、ああそうか、と納得しておわり。

 僕は、拍子木という、屋号の家なんですよ。上の拍子木のもんだ、って答えて、ああ、お前は拍子木のかって納得してもらえる。
 屋号で呼びあうんです。同じ名字が多いので。そこは自分もはっきりしてるし、他人もはっきりしてるし、識別できない不特定多数がいないんです。これはこういう奴、これはこういう奴、という位置づけがお互いにはっきりできているんですよ。
 だいたい、この屋号のやつは喧嘩っ早いとか、ここの屋号のやつはちょっと頓珍漢なことを言うとかお互いに町中でどんな人間が社会を形成しているという共通認識として入ってるんですね。
 その自分を生きていくわけですよ。屋号に則った自分をね。
 掴みどころのない「自分」とか「自我」とかって本当はない。
 割とお互いに、お前はこういうやつ、俺はこういうやつだよって、はっきりしちゃうものなんですよ。だから田舎に行くほど、それはお互いの個性というのをお互いにハッキリわかった上で生きていきます。
 

 都会に来ると不特定多数が当たり前、不特定多数の中のひとりでしょ。それが当たり前だし、それが許されるし。
 田舎では不特定多数の1人というのが許されない。まさにそこに他者も自己もはっきりと区別がある。そういうことなんですよ。
 だから永遠のテーマと言えば永遠のテーマだけど、別の言い方をすれば、人間が進化して大きな集団を形成して、1人ひとりの役割が薄くなっていくほど自分の価値がわかりにくくなり、そういう状況では永遠に自分探しがテーマになってしまう、と言うこともできるだろうね。それって、なんか悲しいことだよね。そんなことが繰り返されていたら。

 まとめてみると、原始的な社会から、不特定多数が集まっている都市が形成されてくると、1人ひとりの役割が非常に曖昧になってくるので、他者と自我の境界もだんだん薄くなり、汝自身を知れ、というような人が出てくる状況が生まれるということじゃないかな。
 そういう不特定多数の中で、自分を見失ってしまった人のひとつのジャンルとして摂食障害がある、というふうに理解してもらっていいんじゃないでしょうか。
 今はテレビゲームで遊んでいる人が多いですが、ゲームの中にはいろんなキャラクターがあるけど、遊び方は同じですから、プレイをしている人間の側には何の個性も必要とされないし、同じゲームで同じように遊びながら、どんどん同質化していくということになっていく。つまり遊びの中でも、人間の個性はどんどんハッキリしなくなっていく。他者と違う自分が見えなくなるんです。自我を失っていく。そういうことも言えると思います。

 

 

(2018年9月11日掲載)









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第1回から第65回までの「お父さんにきいてみよう」は、
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