第114回「生き難さを抱えていなかったら、どんな将来の夢を」

【質問】
 ミーティングで「傷を負っていないとしたら、どんな将来の夢を描いて、どんな仕事についていたでしょうか」について作文を書いていますが、漠然としたことでよいのでしょうか。仕事が、あまり想像ができなくて、本当にぼやっとしています。子供の頃から、どういう道に進めばいいかわからなかったのと同じような心境です。ヒントをもらうことはできますか。
 漠然としてもいいのでしょうか。

〈自分の答え〉
 具体的でなくても、漠然としていていい。
 お父さんお母さんの子供だったら、自然に、何かの仕事についているはずで、何をしているにせよ、どういう心持ちなのか、ということが大事なのではないかと思います。
 
 

 
 
【答え】

お父さん:
 傷を負っていないとしたら――。
 いまは、傷を負っちゃってる自分ですからね、負っていない自分を前提にして、今どんな将来の夢を描いて、どんな仕事に就いていたでしょうか、これはもう漠然としていていいですよね。

 ……あのね、これは仮定の話ですよね。
 どっちみち仮定の話ですから、僕だったら割とくっきり書いてしまいますね。
 僕は、もし自分が違った生き方をしていたら、佐渡裕みたいな指揮者になっていた可能性があります。交響楽団の指揮者になっていたと思います。
 もしくは、動物学者になっていたと思います。それでアフリカで野生動物の生態の研究をしていたと思います。
 もしくは、昆虫学者になっていたと思います。多分、甲虫類の研究をしていたと思います。どこで研究しているかわかりませんけど。
 ええと、あと可能性があるのは……、カメラマンになっていた可能性があります。
 でも多分、交響楽団の指揮者か、昆虫学者か動物学者。この3つのうちのどれかになっていたと思いますね。
 もしかしたら動物学者の中では、魚類の研究をしていたかもしれません。それははっきり思いますね。
 

 何でかと言ったら僕はすでに子供のとき、魚をいっぱい獲るのが好きで、獲った魚をどんだけ見ていても飽きませんでしたからね。
 それで動物が好きで、動物の話を読んだり聞いたりするのも好きで、そこら中の動物を集めたいなと思ったくらいだし、小さいときから小鳥もたくさん飼っていましたからね。繁殖させていました。絶対、僕は動物が好きだと思うんですよね。そういう動物の世界に憧れたり、シートン動物記を読んで激しく共感して、ファーブル昆虫記を読んで激しく共感して、僕は人間よりもよっぽど動物、昆虫のほうが好きだと思いましたね。
 交響曲を聞いたとき、こんなに人の気持ちを微に入り細に渡って表現する方法があるのか、と感動しましたよね。最初に聞いて、眠ってしまう人が多い中で大興奮して大感動してしまうというのは、その素養があるんですね、資質がね。
 お母さんは何になっていただろうね。
 

お母さん:
 生の交響楽を聞いて、お父さんが眠ってしまってことがあるって聞いたよ?
 

お父さん:
 それは後にそういうこともありました、ということです。超うまい楽団を聞きに行って、激しく眠るんですよ。何でこんなに好きなのに眠るんだろうと思ったら、あまりにもうますぎて夢の世界に入っちゃうんですね。素晴らしいですね。
 お母さんは何になってただろうね。
 

お母さん:
 なりたいものがあった。ふふ。造園師。
 

お父さん:
 ああ! なれたと思う。
 庭師だね。
 ああ、なれたね。お母さんだったらなれたと思うね。
 

お母さん:
 なんか、和歌山のほうで(編注:お母さんは和歌山出身です)、庭がどんなに狭くたって、猫の額くらいの1坪くらいでも、庭を作るのね。
 玄関の両側に。
 岡山へ来て、「そんな松やらなんやら植えて庭を作るんだったら、栗とか柿を植えるわ」って聞いたのね。
 

お父さん:
 これは歴史を遡るとわかることなんです。
 江戸時代に徳川御三家というのがありましたよね。水戸、紀州、尾張の御三家。江戸時代にはこの中から、徳川家の跡継ぎを出すことになっていました。
 いまで言えば内閣総理大臣ですね。
 で、この御三家の地元では、みんな気位が高いというか、実よりも名を取るというふうな気質なんです。体裁を重んじるんです。武士は食わねど高楊枝、と聞いたことあるでしょ。
 で、例えば水戸の人間は武士から平民に至るまで家を作ったら目の前は庭を作るんです。いまでいうと作る人が多かったといったほうがいいのかな。僕の子供の頃はみなそうでした。
 もしスペースがあったら池まで作ります。スペースがなければ枯山水、あるいは池は作らないけど、松とかを植えて造園するんです。庭が大きくても小さくても、そうします。
 それが、庭のスペースがあったら、手がかからなくて、実が採れて、食の足しになるものを植える、と聞くと、紀州出身のお母さんとか水戸出身の僕からすると、「えっ、玄関先に柿を植える?」とびっくりしちゃうんです。
 

お母さん:
 地域性みたいなのがあるじゃない。県民性って、いま流行ってるけど、文化がね。だから猫の額くらいのところでも絶対に庭を作らないといけないという文化の県だった、ということなんだけどね。
 

お父さん:
 梅の木を植えたりしないんですよね。松なんですよ、植えるのが。
 そういうところで育つとやっぱり、庭作りをしたいなって子供のとき、思ってたんでしょうね。
 で、将来の夢だけど、シャープにしたほうが面白いよね。どうせ書くんですからシャープにしてみましょうよ。
 それでちょっと手がかりを探ろうと思えば、自分の中に手がかりは探せるんじゃないのかなという感じはしますよね。小学生の低学年の頃、何が好きだったかみたいなことを考えていけば、自然にわかるんじゃないかな。
 

お母さん:
 それ書いたから残念に思うとか、言わないよね。
 お母さんは古吉野にいるから古吉野の庭をみんなと触れるし、好きなように空間を触るのが好きなんだろうなと。だから舞台美術とか手がけることもできるし。
 なのはなファミリーにいたらかなりの夢がかなう場面がある――、仮にお店屋さんしたかったら、納涼祭やらウィンターコンサートで店出せばいいんだし。
 

お父さん:
 考えてみたら面白いな、と思いました。
 僕、今、何も考えずに言ったんですけど、交響楽団の指揮者って、誰から給料もらうんだとか、どうやって生活が成り立っていくのかな、ってわからないでしょ。
 今、津山高校で成績のいい人で、「俺は指揮者になる」と言う人はきっといませんよ。
 ブラスバンドの部長でも、俺は指揮者になる、と言う人はいませんよ、たぶん。
 どうして、そういう人は極端に少ないか。
 きっと、エリートに見えないんですよね。なれるふうにも、見えないんですよ。
 じゃあ、津山高校の、成績上位の理系の人で、動物学者になりたいと思ってる人とか、植物学者とか、昆虫学者になりたい人も、いないですよ。いまの時代、エリートじゃないからね。
 高いステータスもなければ、収入もどうなのか見えない。いまの時代って、生活が楽にできるような職業を目指しなさいという志向が強いから、そういう職業はほとんどの人が目指さないですよ。
 多くの人は、収入が多く見込める職業を目指すんですね。その手段として勉強している人がほとんどになっているような感じがします。自分を生かすための手段じゃない。収入をより多く得るための手段でしょ。成績が良ければいいほど、そういう志向が強まっていく気がします。
 造園師? 儲かるのか儲からないのか見当つかないです。きっと造園師もエリートじゃないですよ。だからもしも、親が自由な発想ができる人だったとすると、今の枠組みの中で、エリートと呼ばれる職業を目指さなかったりできるんです。
 どうやったら動物学者になれるんだ? アフリカで、豹とかチーターの生体の研究して誰がお金くれるんだ? 何に対してお金をくれるんだ? わからないんですよ。どうやったらその職業が成立するか、わからない。
 職業が成立するかどうかで志すのではなくて、自分が好きかどうかで選んでいくと、成立するかどうかわからない職業を目指してしまうんじゃないですか、ということなんですよ。
 

お母さん:
 自分のことで今思ったけど、前にも話ししたかもしれないけど、お母さんの時代って、みんなスチュワーデスみたいなのになりたいなりたいって言ってたことがあって、私もスチュワーデスになりたいと言ったら母親が喜ぶのかなと思って、1回お母さんのお母さんに言ったことがありました。そしたら「そんなのは、空の女中(!)みたいなものになるものじゃない」って言われた。今なら差別用語って言われてしまうよね。今だったら中居さんとかいうかもしれないけど。すっごくきつく、絶対にならないように、と。
 

お父さん:
 いまはフライトアテンダントとかいうんだよね。考えてみたらコーヒー出して、ブランケット配って、サンドイッチ配って、たしかに空の中居さんとも見えるよね。
 

お母さん:
 だから、造園したい、なんてとても言えなかったよね。
 

お父さん:
 余分な話だけど、フライトアテンダントになりたい人って飛行機の上でお客さんにサービスしようというより、仕事しながら世界中を旅行して歩けるからなりたいって思うんだよね。
 だって揺れている飛行機の中でこぼしそうになりながらコーヒー入れるのが大好きなんだなんていう人いないですよ。
 

お母さん:
 でも現実的には海外でゆっくりなんてできないらしいよ。ものすごく酷な仕事だって。
 

お父さん:
 余分なこと言うと、昔の日本航空がいけないんです。
 昔はフラッグ・キャリアと言って、各国で1社だけ、国を代表するキャリア(航空会社)があった。日本では日本航空だったんですよ。海外旅行が高嶺の花の頃は、パイロットとスチュワーデスを、下にも置かない待遇をしていた。朝早く飛行機が飛ぶなんて言う時、ハイヤーを差し向けて、朝4時でも5時でも来て、家の前、マンションの前で待ってるんです。どうぞ、っていって飛行場まで送ってくれる。
 偉いスチュワーデスだけじゃない、全てのスチュワーデスにですよ。そんなことをやってるから一回、倒産したんですけどね。それはすごいステイタスですよ。昔の人はそれを知ってて夢見ていたんです。家の玄関先までハイヤーが来て送迎してくれる。
 すごいもてなしを受けて、給料もいい。そういうのが昔の日本航空のスチュワーデスだったんです。いまは、原則、公共交通機関を使って通勤、ということのようですが。
 そういうことがあったので、昔はスチュワーデスがいいな、なんて言う時代があったんでしょうね。外国なんかとっくの昔から、出勤は電車で来いですからね、ステイタスもないんです。
 自分が摂食障害になっていなかったら何になっていたか、多分、エリートを頂点に組織されるピラミッド型の組織とは無縁の、ステイタスとも、高給取りとも、関係のない仕事に就いていたんじゃないか。そういう人が多いんじゃないかな、と僕は思いますよ。
 わかりやすくいうと
「桃栽培の農家になっていた」とか。
 今の親御さんで、桃を作る仕事をしたらいいよ、なんて娘に言う人はいないでしょうね。

 考えてみれば、自分がもし生き難さを抱えていなかったら、どんな将来の夢を描いていたか、というのはとても難しい設問だと思いますね。

 

(2018年9月7日掲載)









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