第83回「相談、確認が多いことについて」

【質問】
 相談、確認が多いことについて。
 
 私は、何かするにも、お父さん、お母さん、スタッフさんの許可や、確認をとりに行くことがいちいち細かいことで多いように思います。
 それは、畑や作業だけでなく、「〇〇しても良いですか?」と必要のないことも、すぐに具体的には思いつかないのですが、小さい子供の時から大きくなってからも、自分で着ていく服を選べないみたいに、いちいち確認してしまいます。
 それは、間違えることが怖いからかと思うのですが、もう子供ではないし、もっと自立しないといけないです。どうすることが良いですか?
 
 自分の思う答え
 1,自分で考えて判断していくようにする。
   確認、相談は、最小限にする。
 2,本当に確認が必要なのか、よく考えてから決める。
 3,その他
 
 
 
 
お父さん:
 うん、そうなんですよね。
 で、この質問もそうですよね。質問なんですけど、ね。「それは間違えることが怖いからだと思うのですが、もう子供でもないし自立しないといけないです」って、答えもあるのに質問をする。「どうすることがよいでしょうか」って質問になっちゃう。
 どうなんでしょうお母さん、これ。
 
 
 
お母さん:
 今日、中学の先生が家庭訪問で来たんだけど、家庭科の先生なの。先日の参観が家庭科の授業で、赤ちゃんの発達についてでした。そこで、「自我」というのが出てきてね、それでお父さんが、おおって言って、面白い、とね。
 今日、先生が、「授業はどんなでしたか、まあ、大した授業じゃなかった――」と謙遜してたんだけど、「いや、授業に自我が出てきましたよね。自我はともすると子供のままで止まってしまうんです」ってお父さんが先生に言ってたの。
 
 お父さんの理屈と言うか理論で言うとね、4,5歳くらいで傷ついて、それからまったくそこで止まって自我が育っていないと考えたら、ここへ来てやっと4歳、5歳からいまの自分の実年齢まで育てていかなければならないのね。
 でもやっぱり、ずうっと実年齢まで自我を育て上げるのに、年齢と同じ時間をかけていられないので、促成栽培しなくちゃならない。1日を、1週間とか10日とかくらいに考えて急成長させないと時間が足りない――。人によって違うだろうけど、1年で10年以上の発達を促すように促成栽培するとしたら、およそ自分がどのくらいの責任を持って、どのくらいのことを考えないといけないか、というのがわかってくるんじゃないでしょうか。
 
 
 
お父さん:
 まあ普通で言うと、17,8歳くらいの自我になったら、まずは社会に出るのに十分なんですよね。きちんと正常に自我を発達させてきた人なら、ファストフードなどの接客でもアルバイトができますからね。キッザニアでも高校生くらいのアルバイトの人がいます。しっかりしてる人はしっかりしてます。自我のはっきりある人はちゃんとリーダーシップをとれます。
 まあ、中学の先生にも、今日話したんですけどね。
 そういう意味じゃ、最近の子供ってね、自我が発達してない子供が割と多くなってきたね。
 中学の今のクラスでも、授業中でも、授業のあとでも、「先生、聞いて、聞いて」って言う人が、特に男の子で凄く多いと先生も言っていましたね。
 例えば、家庭科の先生だから家事関連の話を授業で話すと、それに反応して、「僕のうちの話を聞いて、聞いて」と言う人が多いと言っていましたね。全体に自我が発達していない。それはまあ、ここでも似ているところはありますよということなんだよね。
 
 
 苦しくなった人は、認識力が落ちたり、被害感情が出てきたりして、自我を発達させにくくなるということがあります。
 そのほかにも今の風潮で、習い事をしたり、あるいは塾で勉強したり、特に親の進学熱が強いときには、テストで間違えないようにしなさいと言うプレッシャーが強くなる。家でも、間違えない練習、学校でも正解を出す練習、マルかバツかという正解を出す練習ばかりしちゃうわけです。
 年がら年中、テストを受けて、失敗しないで正しい答えを答える練習ばかりしてしまうと、物事の判断基準が、間違ってるか、正しいか、の二者択一になる。あるいは自分ができたか、できないかの2つに1つ。そういう考え方に偏ってしまう。そういう価値観だけしか世の中にないような、そういう錯覚に陥ってしまうわけですよ。錯覚でね。
 
 
 ところが現実の社会、現実の生活というのは、間違いとも正しいとも言えないようなことって結構多いんですよね。
 僕は今日、トラクターをかけてきましたけど、トラクターのかけ方、どれが正しいのか間違いか、マルかバツかじゃないんですよね。上手な中でも、ああこういう上手なかけ方がある。下手な中でもこういう下手なかけ方もある。そういう中で、一応、間違いもあるんですね。間違いをやってるとトラクターが壊れます。
 
 海で海水浴に行ったときなんか、子供と砂遊びをしますよね。波打ち際に砂のお城を作って、どれが立派な城かとか、子供同士で、波がざぶんと来たとき壊れないで残ってるお城はどっちかという遊びあるでしょ。……あまり共感してくれないね。やったことある人(たった4人ほどしかいない)。えっ、砂の城作り、やってないの? それじゃ、この話しに共感できないね。
 それとか、昔の子供だと山の中に秘密基地を作る。動物の巣みたいな程度のものですよ。それが上手いか下手かってのはあるけど、失敗か成功かってないんですよ。
 魚釣り、3匹以下はバツとかない。でも、なんとかもっと釣れないかなって、一生懸命考えて努力してる。あるいはタモを持ってフナを掬いに行って、フナがなかなか掬えない。
 そういうのあるでしょ。
 子どもの遊びを見ると、マルかバツかみたいなことはないんですよ。ゼロとか少しとか、ちょっといっぱい、ものすごくいっぱいといろんな段階がある。

 
 でも勉強ときたら、マルかバツばかりなんですよね。中間がない。
 それで、いつもマルを取らなければならない、という思考に凝り固まってしまうと、目上の人からなにか頼まれても、いつもそれを「正解」って返したくてたまらない。
 実はマルでもバツでもなかったりするものもあったりするんですね。だいたいこんな感じかなっていう期待で何かを頼むとする。それが、予想以上にいいものだと嬉しいけど、予想以下だと、うーん、ということになる。あまりにもひどいときはやり直しになっちゃう、それは駄目ですけどね。
 マルかバツの2つに1つではないのに、どうも2つに1つになっちゃった人は、正解を出したいので、自分が正解か不正解かわからないとストレスになって仕方がない。
 それで、作業の確認、相談が多くなってしまうのです。はっきりいって、わけのわからんグレーゾーンみたいな仕事を嫌うのです。マルとはっきりわからない仕事だと、成功体験にすることができない。だから、やりたくないです、ってなってしまう。
 どうしてもやらなくちゃならないときは、確認する。これができてたら、いいですよね、と。
 だけど本当は、よくやった、これはマルだ、と自分にも人にもわかるものだけをやりたがる。結果の見えやすい、自分の実績になりそうなものだけをやりたがったり、そうじゃないやつは実績じゃないと勘違いしたりする。
 
 
 畑仕事なんかそうですよね。なのはなに来たばかりの人はあまりやりたがらない。
「畝がまっすぐだ、今日は95点やろう」ってならないでしょう。
 ただ、よくできたね、いい畝だったねって、「もやっ」と褒められるだけ。なんか自分が評価されたような感じがない。
 レタス57玉収穫できました、それが多いのか少ないのか、マルなのかバツなのか。そんなのないですからね。よくわからない。
 そういう発想というのが、幼いというか、自我がない、と一緒なんですよね。
 
 
 で、実際に自我ができてないと、自分の好きなものも嫌いなものもないんです。
 何が好きなんだか、嫌いなんだか、よくわからない。みんなの中にも、それこそ、男の人で誰か好きな人いますかと言っても、そんな好きな人くらい誰でも感じることができそうなのだけど、現実にはできないですよ。どういう人を好きか、自分でもよくわからない。なんでもそうなってしまうんだね。
 
 
 
お母さん:
 このなかで好き嫌いが一番はっきりしてるのは、お母さんだよね。
 
 
 
お父さん:
 お母さんは好き嫌いがはっきりしてるね。時々、お父さんは大変な思いをしていますけど。好き嫌いがはっきりしてる。
 最近ではね――僕、前は紅茶をよく飲んでて、今でも紅茶好きなんですけど、この頃コーヒーの美味しさに目覚めて、コーヒーをよく煎れる。豆を挽いて煎れても、「あ、これ美味しくない、もっと苦くないとだめ」って。せっかく買ってきて挽いてごりごりやっても、ダメなものはダメ。
 
 
 
お母さん:
 それお母さんの話ししてるの?
 
 
 
お父さん:
 私、こんな豆ならまだインスタントコーヒーのほうがいいとかね。
 
 
 
お母さん:
 そこまでは言ってない。
 
 
 
お父さん:
 そうだね。そこまでは言ってないね! でもこれはもう私は飲まない、って言ったよね。お父さんがそれ飲んで、って言ったよね。お母さんの好みに合わないもの買ってきちゃうとすごい大変ですよ。だけどうっすら予感はしていたんです。うっすら予感は。
 実はそのコーヒーの説明をちらっとみて、「酸味が爽やか」とか、「シトラスの香り」とか書いてあった。僕は酸味だとか渋みだとか読むと、ぐぐぐって、惹かれるんですよ。
 お母さんは苦味というとぐぐっと惹かれる。酸味というと「いらん」となっちゃう。これが「酸味が爽やか」なコーヒーだよと言わないで飲ませたのに、「あ、これ私の好きなのと違う」すぐ言われてしまう。それくらいね、はっきりしてるんですよ。
 
 
 だから仕事なんかでもそうだし、ステージでもそうだし、絵でもそうだし、音楽でもそうだし、全部、好き、嫌いがあるし、イメージと合っている、合っていないが即決で出る。
 まあ、いつもいつも、ドンピシャで勘が当たるとは限らないですけど、これは駄目とか、これは好きじゃないとか、これはイメージと違うとか、割とはっきりします。どんな手仕事を見ても、ひと目見て「あ、これ違うんだよな」って。イメージがありますから。求めている出来上がりのイメージがある。
 それがずれてると、「何でこうなるの」って、すぐ思ってしまいますよね。
 
 ところが、みんなを見ていると、ほとんどのことにイメージがないんじゃないか、好き嫌いがないんじゃないか、そんなふうに思えてきちゃうわけなんですよ。
 何でもっと好き嫌いをはっきりさせないのかな。それは自我がないんですよね、きっとね。
 自分はこういうものが好きな人であるとか、あるいは、思い込みじゃなくても、段々「自分はこんなふうに生きていこう」とか、「これが好きだ」「こういう考え方で行くんだ」ってなってくると、好き、嫌いがはっきりしてくる。
 
 
 あの、面白いことにね、人ってね、自我の出来具合で、立ち位置が違うんですよ。
 立つ場所が違うんですよ。
 例えば、ほんとに、みんなしょっちゅう、校長室に来ますよね。誰かしら。2人連れで来たり、3人で来たり、大勢で来たり、1人で来たり。
 前も言ったけど、座る位置がある。「座って」と言うと、みんなが座る位置がありますよね。で、例えば2人来たとして、どういう組み合わせの2人なのかで、それぞれが座るべき位置というのがおのずとあるんですよ。
 正解の座る位置があるんです。5人で来ても。この人だったらおそらくここに座るのが正しい。この人はここ。この人はここ。その正しい位置に座れない人というのは自我が無い人です。発達してないと自分の座る位置がわからない。自分が無いから、人のことも認識できないんですよね。それぞれの人の重要性の判断がつかない。
 だから、変なところに座っちゃう。
 遠慮し過ぎるところに座ったり、出過ぎるところに座ったり。
 
 で、数人で校長室に相談に来たとして、その座るべき位置は、相談する内容にもよっても違ってきますよね。誰がメインの話しで来てるのか、とかね。
 その中でも、誰が歳上なのかとかね。誰がそのことについて詳しいのか、とか。
 あるいはサブリーダーは誰なのか。そんなことも含めて、当然、座る位置が決まるんですよね。位置取りというかね。
 
 これは、校長室の中だけじゃなくて、例えば、畑に出て、僕が「これ説明します」と言ったときに正しい位置に立てる人、立てない人というのがいるね。お父さんの話しを聞く正しい位置がわかる人とわからない人がいる。わかる人は自我がちゃんと発達してます。
 
 
 で、今のこの質問がありましたよね。
 うんと……自我が発達してて、今どこに立って、なにを聞くべきか、なにをすべきかというのがわかっている人というのは、質問が絞れるんですね。
 なにを質問したらいいのか。あるいは質問しなくていいのか。どういう聞き方をしたらいいのか。というのが、自分がやるべきことをこうやろうというプランがパッとできますから、質問したいこともハッキリする。
 プランのイメージ。自分がやるイメージと、例えば自分がリーダーだったとしたらメンバーのイメージができますから、その中で、これはこう聞いたほうがいいんじゃないかな、というね。
 
 
 イメージができないまま、なんとなく聞きに来ると、どういうふうな聞き方をするかもわからない。
「ええと、私、今日これからなんとかの作業に行ってくださいって呼ばれて、メンバーは誰と誰で、どこそこに行って、何々をやろうと思ってるんですけど、何とかを持って行ってこうするんですけど、なんとかかなと思ったりもするんですけど、誰々ちゃんはなんとかも得意だし、そうじゃない人もいるんですけど、あれ、なに聞きたいんだか、わからなくなっちゃいました」
 こうなっちゃうんです。得てして多いんです、そういう人が。自我がないんですよね。
 
 
 この人は、たぶん、ほんとに困ってるんですね。なにを確認していいのかわからない。何だか無駄な確認をしに行ってるような気がする。それはしちゃいけないような気がする、だけどなんか確認しに行くのが多すぎるんじゃないか、というのはわかる。
 あの、確認はね、どんどん来てください。多すぎるなんてことないですよ。むしろ確認しないで勝手にやられるよりも確認してもらったほうがいいです。
 だけど、何を聞きたいのか、はっきりさせて来てくださいよって話なんです。
 何を知りたいのか。何を聞きたいんだか、知りたいんだか、ぐずらぐずらしているだけならまだしも、こういう人には「こうがいいよ」って言っても、絶対にその通りにしないんですよ。芯がないからアドバイスがすっと入っていかない。これがね、ちょっと困ったことなんです。
 
 
 この人も、質問がちょっと曖昧でしょ。ちょっと曖昧でね、何だっけ、「間違えることが怖いから自立しないといけない」そうですね、自立しないといけないですって書いてあるけどね、自立って何か。ちゃんと自分でプランを持ちなさいということですよ。で、きちんと周囲のメンバーを評価しなさいということです、心の中でですよ。
 それで、その評価をもとに自分と人との位置取りをはっきりさせて仕事をする。それから仕事の効率もはっきりさせる。この人だったらこのくらいの効率、この人はこのくらい。およそ踏んでおく。どっちみちみんな能力違うわけですから。でも一緒にやってるから、だいたいは分かるわけですよ。
 
 
 この組み合わせならこのくらい行くだろうな、自分はこんなふうに動けばいいや、それを踏んで予想を立てて、その予想をもとに実行する。本当は予想のないところには質問もない。予想のないところには、成功も失敗もないですよ。
 自我のない人はプランが持てない、プランが立てられない、プランのイメージが作れない。意思がないから。誰かにイメージを作ってもらいたい。誰かを頼る。イメージゼロ。イメージを聞いても、それを自分の中で保てない。だからいくら相談したり、確認しても、失敗しやすい。
 イメージを作る努力をしていない、ということですね。
 ただ考えるということではなくて、努力して自分の自我を作りながら、つまり努力して自分の好き嫌いをいつも意識した上で、いい仕事のイメージ、結果のイメージを作るということが「自分で考える」ということです。その結果を出すための作業であり、その結果のイメージが正しいかどうかを事前に確認することは大事だよ、ということです。
 イメージを持たずに、確認しても、確認したことになりませんからね。

 

(2018年5月22日掲載)









第66回「自己否定について」
第67回「友達が欲しい人、そうでない人」
第68回「未来を信じる」
第69回「山を登ると」
第70回「リーダーをすると苦しくさせる」
第71回「自分から人を好きになる」
第72回「小さいころからの恐怖心」
第73回「お姉さんのような存在を」
第74回「作業に対して気持ちの落差が激しい」
第75回「大きな希望を持つとき①」
第76回「大きな希望を持つとき②」
第77回「夢について・集中力について」
第78回「やるべきことをできていなくて苦しい」
第79回「やるべきことをできていなくて苦しい②」
第80回「真面目さは何のために」
第81回「高いプライドをつくるには」
第82回「番外編:そうだ、お母さんにきいてみよう!」
第83回「相談、確認が多いことについて」
第84回「自信を持つ」
第85回「間の良さ、間の悪さ」
第86回「過去を美化してしまう」
第87回「統合力を高めるには」
第88回「見張られているような不安」
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第218回「できる気がしない、と感じてしまう」
第219回「苦手なことをしている時間を苦痛に感じてしまう」

第1回から第65回までの「お父さんにきいてみよう」は、
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