第69回「山を登ると」

 

【質問】

 傷ついてはもういないのに、「傷ついた!」と思ったり、「自分はもう生きていく価値なし!」と思ったりします。
 年に1回くらいにして毎日前向きになるには、よく寝る以外に何かありますか?

 

 

お父さん:

 なるほどね。
 あのね、「自分はもう生きていく価値なし」みたいな気持ちは、若いときはまだ実績が作れていないのでそう思うのも仕方ないでしょうね。ほんとに僕もね、長いこと、自分は生きていく価値ないと思っていました。
 

 で、意外と、この「生きていく価値なし」と思っている一方でね、強烈な自信があったり強烈な思い上がりがあったりするんですよ。不思議なことに。
 もうね、両極端の気持ちを持ってバランス取っちゃってるんですよ。中くらいの気持ちで、「ちょっと自分だめだな、ちょっと自分いいかも」だったらバランス取れてるのに。
「自分なんか死ね!」
 っていう気持ちと、
「何で僕の天才ぶりをみんな理解しないんだ」
 と思ってみたり。

 ここには書いてないですけどね、自分はもう生きていく価値なしと思う人は、「自分は最高」と思ってる気持ちがどっかあります。
「傷ついた」というのは、今、直近でなにか誰かに言われて、こういうことされて傷ついたと思っちゃうわけでしょ。
 だから自分は人から傷つけられるはずなんかないのに、傷つけられたって思う、そういう人なんですよね。
 そういう人はだいたいどこかちょっと思い上がりがあるんです。
 

 僕はこの頃、ちょっとやそっとのことで傷ついたなんて、まず思いませんね。
 あの、腹の立つことはあるけど、この野郎と思うことはあるけど、傷ついたなんて思うことはないですね。
 だいたい傷つくっていうのは、同じ嫌なことされたときでも、通りがかりの見ず知らずの他人に、なんとかって言われて、「バカ野郎」とか言われても、「何だこのやろう」っていう感じで、あまり傷ついたにならないですよ。
 傷ついたという言葉は、どっちかというとものすごく、ある程度知ってて信頼関係があるのにそれを裏切られたから傷ついた、みたいな、そういうニュアンスがあるんですよね。
 

 他人からは、急に何か言われても、私すごい傷ついた、って思わない。
 知ってる人から、こう思ってたのに裏切られたという形での“傷ついた”になるのです。
 

 ということは、傷ついたと思う回数が多い人は、すごく自分や周囲に対して持っている期待値が大きいんですよ。
「この人は私を好いてくれてるはずだ、この人は私を大事にしてくれてるはずだ」
 ……という、なんとなくですよ、そういうつもりになっちゃってる。いつの間にか。それが、何かの拍子にそれほどでもなかった、となると勝手に傷ついちゃってるわけですよ。

 傷ついたと思う人はその前段として、自分の意識をしてないところで、無意識のところで、その周囲の人に対して、自分を高く置いているということが全体的に言えるんですよ。
 それは、小さい4歳5歳の子供が母親にカンと叱られて、あるいは夫婦喧嘩を見て傷つく、というのとは全然違うんです。次元が違うんです。
 思い上がりなんです。大勘違いなんです、自分に対する。
 だから、「自分は生きていく価値が無い」と思う。
 

 普通の人は、自分は生きていく価値無しと思いません。
 その代わり、普通の人はそんなに思い上がってないです。
 

 つまり、自分は思い上がってないという意識があるのに、現実としては思い上がってるんです。
 自分に対する評価の間違いなんです。
 自分は正しく客観的に評価してると思ってるけど、自分で高く評価しすぎているわけ。これを普通だと思ってる、当たり前だと思ってる。実は違う、落とせって話。自分をね。
 

 それは人の言動、目つきに対しても同じで、廊下で誰かとすれ違ったとき、
「私に挨拶しなかった……私嫌われてるのかな、傷ついた」
 って話になっちゃう。誰もわざわざお前に会釈しないよって。
 何で私に尊敬の眼差しを向けなかったんだろうと、傷つけられた、そう思っちゃう。ホントにね。

 今までいくつもそういう相談を受けてるんです。
「私あの人に嫌われてると思います」
「なんで」
 と言ったら、
「こないだ廊下ですれ違ったとき、私のほうを見ないで通り過ぎました」
 みたいなね。
 なんでそれが嫌われてることになる? って。
 それは思い違いがあるということですよね。
 

 毎日前向きになるには、よく寝る以外に――あの、周囲に期待しない、というかね。
 期待しないのが当たり前なんです。期待しないのが。
 それが日常なんです。

 その代わりに、別なところに期待するわけですよ。自分が褒められる期待はしない。
 で、他に期待しようと思ったら、いろんな期待の仕方があるということですよ。
 またイノシシの話になっちゃいますけどね。今、括り罠(くくりわな)の見回りに行ってくれてるんですよ、毎日ね。(編注:この質問が出たときは、イノシシの猟期でした)
 まき運転で、今日もえちゃんと行ってくれたと思うんですけどね。聞いて下さい、みんな。餌が食われてる。罠に置いた餌は食われてないですけど罠から一番遠いところの芋とか豆が無くなってる。食べてるんですよ、猪が。
 

 この人だったら、それをどう思うか。
「そうか罠のところには来ないのか。あーあ、獲れないかもね」
 って下手したらなっちゃいますよね。
 いいですか。こちらが置いた餌を食べてるんですよ。どんなに遠いところの餌だろうと。ということは獲れる確率がぐんと高まったということです。そういうところに期待するんです。
 

 だからそこに、今日もまた追加して餌を置いてる。
 そこで食べる習慣をつけてしまおうというわけですよ。
 車は急に止まれない。
 猪の習慣も急にやめられない。
 するとそこにコソッと罠をかけておくと。
 なんか罠臭いぞって思っても、
「あたし、だってここで食べることにしてるんだもん、昨日も食べたし一昨日も食べたし。私、食べるもん!」
「ガシャン」(罠にかかる音)
 

 

お母さん:

 私もう食べるもんって。
 

 

お父さん:

 前向きになると思いませんか。そういう期待をすると、日々が前向きになる。
 何か楽しいことをそれぞれに――今わかりやすい例で言ってるんですよ――時々みんな誤解するんですよ、こういう話聞いててもね。

 もう一度言うと、毎日前向きになるには、まず前提として、自分を上げすぎない。
 いいですか。さっき恋愛の話をしました。若い時、僕は恋愛でも、あまり好きにならない、近づかない、関係を深くしない。長続きさせようと思ったらね。
 なぜかと言ったら、山は高く登れば登るほど谷が深くなるんです。
 低い山から転落なんて無いんです。
 日本の登山で一番低い山は大阪にあるなんとか山。0.何メートルらしいんですけどね。 
 

 

お母さん:

 なにそれ。
 

 

お父さん:

 山好きの人は知ってるらしい。
 だいたいどの小学校にも築山ってあるでしょ。あれも山なんですよ。山好きはそれも山登りなんです。どうしても山好きだから登りたいと言ったら築山に登る。
 話しが逸れました。
 

 恋愛の最上級は山でいったらエベレストですよ。命がけですよ恋愛するにも。
 登った、登頂した。最高の気持ちです、気分いい。だけどそれより高くはもう登れないんですよ。空はあるけどね、あとは下るだけ。しかも下るときに転落死する可能性がある。
 あのね、上がったら落ちるんです。
 つまり、希望とか夢とか膨らみすぎてそれがガーッと突っ走っていって、破れたら転落死ですよ。
 だから、いい? “自分はもう生きていく価値なし”ということは、もうそこでガーンと落ちてるわけですけど、そう言う人は、あなた黙ってますけど事前に、相当高いとこ登ってますよ! っていうこと。登ったこと言わないで転落したことだけいうのは片手落ち。登ってるんです事前に。わかってますよ! ものすごい落ち方しました! のぼったからです! っていうオチです。
 

 

お母さん:

 登りすぎているということなんだね。自分を知らず。
 

 

お父さん:

 登りすぎ。登らないけど。
 登らなくていい、イノシシとか自分とは別なところに期待値を持とうよということですよ。自分を上げすぎないで、ね。
 はい。今日はこのくらいにしておきましょう。

 

(2018年4月3日掲載)









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