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「道は必ず開ける」  あやか




9月3日

○夕方の畑作業

 今日は夕方の作業の時間に、半分畑の第1弾のキャベツの防除と、前回の作業のときに途中になってしまっていた追肥の続き(鶏糞が足りず、追肥できなかった部分)をしました。
 追肥の終わっている西側の畝から、なるみちゃんとなつみちゃんが防除に入り、その間に、追肥の終わっていない東側半分の畝の追肥を、すてらちゃん、はるかちゃん、やよいちゃん、私で進めていきました。追肥の終わった部分から、なるみちゃん、なつみちゃんが追い掛けるように防除をしていってくれて、追肥が終わり次第、追肥に入っていたみんなで、防除の終わった西側の畝からネット掛けをしていく、という流れで進めていきました。

 私は、このごろキャベツの手入れの作業でリーダーをさせていただく機会が多いのですが、キャベツの手入れをするとき、キャベツを害虫から守るために、最後に必ずネット掛けの時間を残しておいて、きっちりとネット掛けまで完成させて作業を終えなければならない、というところで、毎回ちょっとしたスリルを味わいます。
(これだけの作業を進めるには、時間と人手がこれくらい必要)
 ということを正確に認識して、進め方のプランを立てるということが必要で、自分にとってはそれが本当に難しく、作業の前には毎回、かなり真剣に人手と時間配分、進め方の検討をします。
 事前に考えはするものの、実際に作業を進めてみると、自分の読みが的外れであったり、
(自分はまだ、認識力が低いな)
 ということを痛感する場面も多いのですが、日々、作業を通して鍛えられていっていると感じています。

 今日のお昼の集合のときに、お父さんが、“スピード感を持って作業を進める”というお話をしてくださいました。
 キャベツの手入れだけでなく、本来は何の作業をするときも、時間にルーズにならない厳しさが必要なのだと思います。効率の良い作業には、気持ちが晴れ晴れとするような楽しさがあります。また、限られた時間を有効に使う、ということは、それだけ充実した、色濃い人生を送れる、ということにも繋がるのだと思います。
 作業のとき、掃除、朝食当番、洗い、バレーの練習のときも、
(この時間内に、これだけの作業をこなしたい)
 ということを意識して、目の前の作業に向かっていきます。そのことが、作業を楽しくさせ、自分の意思を育てるのだと感じます。
 また、時間を意識して、意思を持って作業に向かうことは、リーダーさんに気持ちを沿わせること、同じ気持ちで作業に向かって孤独にさせない、ということでもあるかなと思います。そのような優しさを、自分のなかに、常に忘れず持っていたいです。

 今日の作業では、
(もう、絶対にネットのなかに虫を入れたくない)
 と思い、ネット掛けを一通り終えてから、土のかけ方が甘くなってしまっているところや、ネットに穴が空いているところを、みんなで手分けして見直して修正していきました。
 第1弾のキャベツは20畝あり、その全てに隙間無く土を掛けていく、ということを少し途方もなく感じていたのですが、当番などで人が抜けたあとの4人ほどで作業を進めていると、大人数作業を終えたみんなが通り掛かって、
「人手は、足りていますか」
 と、声を掛けてくれました。丁度みんな、ひとり1本ずつ鍬を持っていてくれていて、大袈裟な表現かも知れないけれど、キャベツを守るための天からの助けのように思われました。ひとり、ひと畝間で入ってもらって、ネット掛けの修正に入ってもらい、そうすると、ものの10分ほどで、あっという間に終わりました。

 今日のお昼の集合のときに、お父さんが話してくださった、卒業生のゆうきちゃんのお仕事先でのエピソードが、ふと、思い出されました。お勤め先のレストランで、パンの焼き方が分からず悩んでいたときに、ちょうど焼き方を教えてくださる人が現れて、上手にパンが焼けるようになった、というお話でした。
 真っ直ぐな気持ちで、心持ち正しく一生懸命に生きていれば、困難に突き当たっても手を貸してくれる人が現れたり、思わぬところで状況が好転することがあって、必ず道は開けていくものなのかな、という気持ちがしました。
 自分は、小さなことで必要以上に悩んでしまったり、不安の先取りをしがちだなと感じています。自分の心配はいつも、その大部分が、杞憂に終わります。もっと大きく構えて、
(誠実に力を尽くしていれば、きっと悪いようにはならない)
 と信じて、大きな流れに身を任せても良いのではないか、という気持ちがしました。

 みんなが一斉にネット掛けにかかって、瞬く間に終わらせていく様子を見て、上手く言葉で表現出来ないのですが、
(これでもう、大丈夫になった)
 という心地がしました。一通り見直しができた、ということだけでなくて、胸の中に、
(みんな、ひとりひとり、誠実な気持ちで、土を掛けてくれたはず)
 という思いがあって、
(これで、穴がなくなった)
 と、感じました。
 作業に入ってくれた人のなかには、ネット掛けに熟練している人もいれば、まだ鍬の使い方に慣れていない人もいて、でも、
(みんなの誠実さを、信じていい)
 という気持ちがしました。

 なのはなに来るまで、ずっとひとりに籠もって、誰も信じられないまま生きてきてしまって、自分の心のなかに、ずっと、
(全部、自分でやらなければ不安)
 という思いが居座っていました。それが少しずつ薄れて、人を信じられるようになってきていると感じます。みんなのことを信じられていて、物事がきっと良い方向へ開けていくと信じられていて、いつもみんなのなかにいられて、自分が“運命”とでもいうような、大きな流れに乗って生きている感覚があって、心が深く安心していて、その感覚が、とても心地良いです。まだ、掴み始めたばかりの不安定なものだけれど、
(こんなに、安心して生きていられる世界が、あったのか)
 という思いがしています。

 その安心する気持ちが、甘さや、人任せにする気持ちに繋がってしまってはいけないけれど、不必要な不安は手放して、もっと明るく、溌剌と生きられるようになっていきたいです。もっと自分を手放して、みんなを信じて、好きになります。

○正しく認識し、評価すること

 今日は夜の集合のときに、人を正しく認識して、評価をする練習をしました。
 私は、物事や、人の善悪を判断することが、とても苦手です。無条件で弱者の味方になってしまったり、目の前で間違ったことが起こっていても違和感を感じなかったり、間違っていると感じても、何も言い出せないまま軽く流してしまう、ということがよくあります。

 私は、誰かに対してマイナスの評価をすること、否定することがとても苦手で、それをしようとすると、とても大きな抵抗感を感じます。
 人や、物事には、良い面もあれば悪い面もある、一概に言い切ることはできない、というような気持ちがあって、でも、それは、いつも中立であることで、善悪の判断をすることから逃げているのだと思いました。
 自分のなかにぶれない正義の軸を築いて、確信を持って、堂々と生きられるようになりたいです。間違っていることを、きちんと間違っていると認識して、正義を通せる人間になっていきます。

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